11. 気配 I

 

 海の見えるテラス席のテーブルに夕陽がさす。

 沈む太陽が低くかかる雲をオレンジ色に染める。陽が落ちていくのと同時に気温が下がり始め、強い夕風が吹いてくる。

 来る前は「暑いだけの観光地」と思っていたが、オアフの自然にはそれなりに面白い表情があった。

 いや、そう感じるのはこの光景が、過去の記憶のどれかを刺激するからではないか……。

 ルシアスがグラスの液体を夕陽に透かす。小さな風が液体の上で遊び、絞ったライムの果汁と微かな樹脂の香りを散らす。

「またジュースみたいなものを飲みやがって」

 テロンのからかいを無視して、ルシアスはギムレットのグラスに口をつけ、言った。

「お前にしては、ずいぶん悠長に構えているもんだな」

 テロンはウォッカのショットを干し、向こうにいるウェイターに指を立てて合図した。

「大物を釣り上げるには腰を据えてかからんとな。いずれ、のんびりできるのも今のうちだ。
 小娘にはおあつらえの家庭教師もついたし、時間があるうちに、あいつが足手まといにならん程度に育ってくれるならありがたい」
「――面倒ごとを予測してるのか」
「そんなところだ」

 ちぎれた雲のように交錯する記憶の断片――それを横切る時間の閃光。

「俺がお前と出くわす人生は平穏だった試しがない」

 ルシアスが面白がるように言う。

「俺と出くわしてなければ、お前の人生は平穏なのか」
「……あいにく、お前に出くわさなかった人生というのが思い出せん」

 

 泊まっているホテルの車寄せにマスタングを停め、走り寄って来る制服の駐車係にキーを渡す。若い駐車係は喜々としてスポーツカーの運転席に座った。

 レンタカーにもホテル暮らしにもそろそろ飽きた。いずれこの調子なら長期戦だ。住む場所を借りて、本土から車を運ばせるか。

 部屋に戻って思いつき、携帯をとりあげる。

「俺だ」

 電話の向こうの艶めいた笑い声。

「こんなに長く音沙汰もなくて、戻って来もしないところを見ると、ルシアスを見つけたのね」
「居場所を座標まで添えて出されて、見つけられないわけがあるか」
「ならいいわ」
「そっちはどうだ」
「あまり変化はないわね」
「その辛気臭い場所から出る気はないのか」
「ないわ やらなきゃいけないことは、まだたくさんあるもの」

 何かを探るような間。

「――あなたのそばに若い女の子がいる?」
「若い女?」
「そう 二十歳前かしら――」
「それはお前のヴィジョンか?」
「いるのね」
「――俺のそばというより、ルシアスのだろ」
「ルシアス――」

 エステラの勘が働いている。テロンは意識を引き締めた。

「その娘[こ]から目を離さないで」
「なん――」
「……これ以上質問しないで。あなたが質問すれば、もっと情報が流れ込んで来る。でも知ってしまうと、私の行動に変化が起きる。それは望ましくないの。
 今、言えるのはこれだけ」

 テロンは固く口を結んだ。

 のんびりできるうちにしておけとルシアスに言ったが、その言葉がそのまま自分のつらに返ってくるとはな。
 
 せいぜい今の時間を楽しんでおくか……

 

(続く)