14. 地は温まる

 マリーは包容力があって、春の大地のように温かい。同時にしっかりとした知性を持ち合わせ、女性としてとても魅力的だとセレスティンはいつも思っていた。
 でも、彼女のまわりに男性の姿はない。
 ある時、思い切って訊いてみた。
「ね マリーは恋人とかいないの?」
 突然の質問に、マリーが穏やかに笑った。
「そんなことはもうずいぶん考えたことがないわ。そうね 前の夫と離婚したのが――もう七年前になるんだわ」
 セレスティンはびっくりした。マリーは二十代の後半ぐらいに見えた。だが確かに彼女の存在感には、見かけでは説明のつかない落ち着きがあった。
 マリーが問いかけた。  
「セレスティン ルシアスは、あなたにとってどんな存在?」
「ん――」
 セレスティンは少し考えてから、カウアイ島でルシアスに出会った時のこと、その後に二人の関係がどう育っていったかについて、思い出しながら話した。
 少し気恥ずかしく感じることもあったが、自分の言葉がマリーの胸で優しく受けとめられるのを感じ、素直に言葉にした。
 一つだけ話さなかったのは、ルシアスの部屋で眠った夜に見た夢のこととだった。今でもそれは単なる夢ではなくて、多分ルシアスの記憶の一部だと思っていた。そしてそれが彼を囲む世界に影を落としている。
 でもそれはルシアスの内面のことで、そしてルシアス自身、思い出したくないと思っていることで、自分がマリーに話すことではないと思った。

 マリーは朝日の入るキッチンで片づけをしながら、セレスティンと自分の間に育った関係をふり返っていた。
 自然への深い愛情と観察力を備えたセレスティンは、出会いのはじめから、マリーが蒔こうとする種を受けとるのに適した土壌を備えていた。
 教えられる前にすでに、自然の中の様々な要素を見つめ、匂いをかぎ、手触りを確かめることを知っていた。
 セレスティンのこういった素養を、マリーはていねいに育んだ。
 セレスティンはまた、自分やまわりの世界について理解したいという強い衝動をもっていた。
 自分の心の中のことについても、意識の光が投げかけられるとすぐに、自分を縛っている要素に気づく。そしてそれを何とかとり除こうと、どこまでも追いかけて行くのだった。
 彼女が見るたくさんの夢や、浮かんでくる過去の記憶は、彼女自身の内にある知恵の働きだ。そして自然の中の小さな生命たちも、彼女に手を貸している。
 マリーにとって、セレスティンは理想的な教え子だった。
 決して長くはない期間の間に彼女が身につけ、理解したことの大きさ、そして内面を整理する作業の深さは、驚くほどのものだった。
 それは最初にマリーが感じた、彼女は術の道に属する者だという直感を強く裏づけた。
 それから昨日の会話を思い出す。
 セレスティンが自分の中の声に耳を傾け、出会うべきものを求めて探し続けたこと。
 孤独だった二つの魂が出会い、自然の要素に助けられながらどう結びついていったか。
 同時にセレスティンの記述から、ルシアスが彼自身の道の選択について、そしてそこにセレスティンを巻き込むことについて、深く悩んでいたことも感じられた。
 磨き抜かれた知性を備え、人格的にもきわめてクールなルシアスは、彼女に出会っていなかったら、俗世界を遠くに見下ろす隠者の生き方を選んでいただろう。
 セレスティンの存在はルシアスに感情の温かさを与え、彼を人間として生きることの中に連れ戻す。
 そしてそんなルシアスをセレスティンはまっすぐに愛し、彼と一緒に歩き続けると決意していた。それはマリーの胸をうった。
 ルシアスの道が平坦なものではあるまいということは感じていた。彼を知るほどに、その思いは強まる。
 目に見えぬ大きな力は、この非凡な風の魔術師に一つの――おそらくは普通の人間の力を超えるような――役割を果たさせようとしている。
 この二人を見守りたい。
 だがそうすれば、マリー自身、二人の人生に巻き込まれていくのを避けることはできないだろう。
 ルシアスの厭世的な視点をよく理解できたのは、自分自身、孤独を好むアルケミストだったからだ。そして今の静かで心地よい人生にマリーは満足していた。
 それを捨てて二人をとりまく流れに足を踏み入れることを、自分は望むのか。
 そこにはまだ迷いがあった。

(続く)