2. 風は

 

 薔薇[ロケラニ]の苗木を受けとり、それから行きつけの画材店に寄るのに、ダウンタウンのビルの地下の駐車場に車を停める。ここからは店まで歩いて行ける。

 地下といっても、閉め切ると気温の上がる車内に苗木を置いていけず、大きな茶色の紙包みを腕に抱える。

 近くに美術学校があるためだろう、この画材店は小さいがよく品が揃っていた。欲しいものが店頭にない時でも、訊ねれば、親切そうな店主が奥の倉庫に入っていって、必ずといっていいほど探し出してきてくれる。

 買い物を済ませ、店の並びにあるカフェの前を通る。カフェのテラス席に、「女性」というには少し若い年ごろの娘がいた。

 その手もとで、何かが陽光を受けて光る。

 立ち止まるマリーの目に、青瑠璃色の羽根が映った。

 夢の中の小鳥を思い出す。夢の小鳥は雀ほどの小ささだったが、少女が手にしているのは、それよりかなり大きい鳥の羽根だ。

 少女は羽根を空にかざし、斜め向かいに座っている男性が、その様子を見るともなしに見ている。

 ふいに強い風が吹いて、手から羽根が舞った。少女が慌てて席を立ち、追いかける。

 足下に飛ばされてきた羽根をマリーは捕まえた。

 手にした羽根を一瞥し――アオカケス[ブルージェイ]だろう――走ってきた少女に差し出した。

「ありがとう――」

 礼を言う少女の人懐こい笑顔に、思わず微笑み返す。

「これはブルージェイかしら?」

「やっぱりそう思いますか? ハワイにはいないはずなんだけれど、風に乗って飛んできたのを見つけたんです」

 見かけから若いと思ったが、声や話し方がしっかりしている。本土から来た大学生か。

 利発そうな少女の目が、マリーの抱えている大きな紙包みにとまる。

「それ、薔薇ですか? オアフで薔薇が育つんですか?」

 包みからはみ出た苗木の頭と数枚の葉から「薔薇」と見分けた少女の観察力。

「これはロケラニ・ローズという、マウイ島特産の薔薇なの」

 少女が目を輝かせる。

「香りはどんなですか?」

「ダマスクって、わかるかしら」

「ええ。ダマスク・ローズの仲間なんですね?」

「そう、とても強い甘い香りがあるわ。八重咲きで、これは深紅の花が咲くはずなの」

 そう答えながら、誰かに見られているのを感じる。

 視線を追うと、少女のつれの男性がこちらを見ていた。単に「見ている」のではなく、明らかに何かを観察するような視線。

「友だちの方が待っているみたいね」

 マリーはそちらに軽く目をやりながら言った。

 まるでその言葉が聞こえたかのように、男性が立ち上がって歩いてくる。

 白いシャツに細身のジーンズの一見カジュアルな姿。だが身のこなしは引き締まって隙がない。雰囲気は明らかに地元の人間ではなかった。

 男性が二人の傍らに立つ。近い距離に立たれると、研ぎ澄まされた存在感が伝わってくる。

「――失礼ですが、あなたとは、どこかでお会いしませんでしたか」

 思わぬ言葉に、マリーは男性の顔を見つめ返した。

 整った顔立ち、静かにこちらの内面を見通すような灰青色の瞳。見た目は二十代の後半と思ったが、その落ち着き方は二十代の若者のものではない。

 そばに立っていると、まるで高い山頂の冷えた空気の中から地上を見下ろす時のような冴えた状態に、自分の意識が引き上げられるのを感じる。

 男性の顔は記憶になかったが、その「普通ではない」存在感はマリーの注意を引いた。

「――どちらからいらっしゃったの?」

「ニューヨークです」

「マンハッタンかしら?」

「ええ」

「それなら、どこかでお会いしたことがあるかもしれませんね。私もここに移ってくる前は、アップタウンに長く住んでいましたから」

 それから少女に視線をやり、マリーは微笑んだ。

「これから帰るところなんですけれど、よければお茶を飲みにいらっしゃいませんか」

 

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