カテゴリー別アーカイブ: 創作の周辺

オンライン小説を始めたきっかけ

何年も前に物語を書きとり終わって、そのままずっと手の中で温めていた小説をきちんと文章にして、オンライン小説の形で公開することにした。

仕事が忙しくて、本当にやりたいのに、ずっと放りっぱなしになっているものが幾つもあり、創作活動として「書く」ということはその一つ。絵を描くというのがもう一つ。

いろいろ思うことがあって、生活を整理して無駄を省き、そのための時間を作ることにした。

一つの刺激は、2010年の5月に北米先住部族(ネイティブアメリカン)の師父グランドファーザー・ストームとそのパートナー、スワン・ストームといっしょに時間を過ごしたことだ。

二人が保持するエネルギーの器の中で時間を過ごしながら、「書く」という作業のプロセスについて、そして「書く」ことを通して次の世代に伝えることの重要さについて、改めて思い出した。

グランドファーザーから命じられたことは幾つかあるのだが、その一つは、「若い女性を集めて訓練する」ということだった。「このまま男どもの手に力を握らせておいては、世界の状況は惨くなるばかりだ。女性たちが知恵を身につけ、力を取り戻さなければいけない」。

今の私の仕事では、30代の女性は「若い女性」である。しかし、それよりさらに若い世代との接点は、どう築いていったらいいのか。

それだけが小説の公開を決めた理由ではないが、確実に理由の一つではある。今の仕事の枠組みでは手の届かないところへも、言葉を通してエネルギーを伝え始めること。

魔術とアルケミー(精神的錬金術)についての講義の中で、ロザリン・ブリエール師はこう言われた「魔術の本質について学ぶには、小説を読みなさい」。

それはディオン・フォーチュンが「出版されている魔術の手引書に載っているのは、盗まれた知識と誤った理解だけ。書き手は本当の魔術について何も知らない」と述べていることとも関係している。

フォーチュンの後継者で、英国リベラル・カトリック教会の司祭でもあったW・E・バトラー師のような例外中の例外を除いて、これは事実だ。

「真理はむしろ物語の中にある」。

もちろん、実践することを学ぶなら、物語を通して本質について吸収した後、実際に師と一緒に時間を過ごし、技術的なことを学びつつ、師のオーラ(エネルギー)フィールドから情報を吸収するという過程が必要になる。

他方、フォーチュンやバトラー師が指摘するように、魔術(実際には神聖術と呼ばれるべきもの)の道を歩くには、徹底的に自己と向かい合う「容赦のなさ」が必要だ。大部分の人は、この「容赦のなさ」を性向として持ち合わせていないか、そんな生き方をすることを望んでいない。

「Path of Hearth Fire(竈(かまど)の火の道)」は、そういった人たちのためにある。そしてもちろん、竈の火の道にあって、家庭を保ち、子供たちを育て、道を歩く者を支えてくれる人々がいなければ、すべては成り立たない。

 何はともあれ、久しぶりに戻ってみれば、創作活動として文章を書くのは、やはり純粋に楽しい。

(2010年7月18日)

ディオン・フォーチュン「儀式魔術とは…」

(ディオン・フォーチュン、翻訳の推敲作業中)

「儀式魔術とは、精妙な領域[エネルギー・レベル]における治療学であると定義できる。もちろん、衛生学の知識なしに治療を行うことは健全でない。

そしてこの領域での衛生学は、倫理なのだ。多くの秘教の実践者により犯される過ちは、パワフルな変化を引き起こす魔術的行動を、倫理的正しさという衛生学を併用することなく行おうとすることだ。」

MagicaではなくMagika

検索エンジンでArs Magikaを検索しようとすると、勝手にArs Magicaで結果を出してくる。確かにラテン語の通常スペルはmagicaなのだけど(「k」を使うのはギリシャ語由来の語のみ)、あえてkで綴っている。

英語でもクローリーあたりからmagicではなくmagickと綴られるが、それも意味あってのこと。

フィリップ K. ディック/コジモ・ディ・メディチ/テレンス・マッケンナ

「わたしは現実と折りあうべきだ。だが、一度も折りあったことはない。SFとはそういうものなんだ」 フィリップ K. ディック(浅倉久志訳)

「プラトンは後回しでいい。ヘルメティカを先に訳してくれ」 コジモ・ディ・メディチ

「無意識に生き続けるという贅沢は、我々にはもう許されてはいないのだ」 テレンス・マッケンナ

「歴史とは、人類の集合意識が見る夢だ」 テレンス・マッケンナ

魔術やエジプトについてのTweetまとめ

「エジプト人は知識について直接語ることをせず、それを芸術や彫刻に組み込んで、その効果が感情に働きかけるようにした」ジョン・アンソニー・ウェスト

普通の人で区別している人は少ないと思うが、「魔術(Magic)」と「魔法(Witchcraft)」は別物。「魔術師(Magician)」と「魔女(Witch)」も全く別物(性別の違いだけではない)。

ディオン(ダイアン)・フォーチュンもW. E. バトラーも指摘する通り、現代に残るもっとも典型的でわかりやすい魔術の典礼儀式はカトリックのミサ。

「魔術を実践できるためには、神の存在についての揺るぎない確信が必要だ」W. E. バトラー(未発表の遺稿から)

「精神的な進化は、厳しく道徳律に従う者にのみ可能である。入門者が道徳的真理と徳について十分に理解したと教師らが納得して初めて、自然と科学の隠された神秘について学び始めることが許される…しかしフリーメイソンにおいて特殊なのは、この道徳的真理と徳についてのレッスンが、教訓的な言葉よりも、おもに寓話と象徴を通して教えられることだ。」JSMワード『フリーメイソンの道徳的教義』

「エジプト文明は、原始的なものから段階的に発達したのではない。それは遺産なのだ」ジョン・アンソニー・ウェスト

(2010年10月、Twitterからのまとめ)