携帯電話が鳴る。
過去の関係をすべて絶ち切ってアメリカ本土の側に置き去ってきた自分には、最低限の用事を足す以外に使うことのないもの。
ホノルル湾に面したコンドミニアムの高層階。壁にもたれて本を読んでいたルシアスは、いぶかしげに机の上の携帯を手にとった。
相手先の表示に「セレスティン・ソル」の名前を見た時、一瞬迷う。それから応えた。
あの西海岸アクセントの優しく芯の通った声。
この頃の学生にありがちな鼻にかかった曖昧なしゃべり方ではなく、くだけてはいるが、しっかりとした知性を感じさせる。
ルシアスはそっけない口調で言った。
「まさか本当に電話してくるとはな――なあ、大学生なら、自分と同じ年頃の遊び相手が幾らでもいるだろう」
「遊び相手とか言うんじゃなくて――」
「なんだ?」
しばらくの沈黙。
「――忙しいですか?」
ルシアスは押し黙った。
質問に「忙しい」と嘘をついてしまえば、追い払うのは簡単だったかもしれない。だが、ささいなことにでも嘘をつくのは嫌いだった。嘘をつくぐらいなら答えずにすませる、それがルシアスの流儀だった。
することは何もない。
いや、時間をつぶすための何かを探しているのだが、たまのダイビング以外に気を紛らわせてくれる何も見つからない――軍のプロジェクトから、そして教団[オルド]のしがらみから逃げるようにここに移ってきてから、ずっと。
その沈黙を勘よくとらえてたたみ込む娘に、再び会う約束を与えてしまう。
(よりによって大学生の娘なんぞと――)
携帯を置いてそうつぶやきながら、ルシアスは考えた。
他の人間と関わるのはもう懲り懲りだと自分に言い聞かせながら、なぜこの娘のことだけは、知らん顔をして通り過ぎることができなかったのだろう。
そしてふと、テロンのことを思い出す。
人と親しく付き合うことにはただ疎ましさを感じるのが常なのに、初めて会った時から、あの男から無造作に差し出される好意を拒むことができなかった。
テロン、そしてもう一人、教団の巫女エステラは、自分のこれまでの人生の中で、関わることを負担と感じなかった数少ない人間だった。
そしてなおその二人とのつながりさえ手放して、ここへ来たはずだったのに――。