16. 変化

 ホノルルへの帰路はサンフランシスコで乗り継ぐ。
 飛行機が飛び立って、巡航高度に向けて雲を抜ける。窓の外を見ていたセレスティンは目を見はった。
 ベイエリアをおおう雲にまぎれて見える、たくさんのシルフたち。風そのものの彼らの体が流れるように飛行機とすれ違い、機体がその中に飲み込まれる。
 来る時には気づかなかった。これは向かい風だから、ハワイの方から来た偏西風かな……夢中で見ていると、すれ違う一体がこちらを見て笑った。人間の笑顔とは違う、でも確かに笑いかけた。
「あ……」
「風?」
 マリーが声をかける。
「うん 風の精[シルフ]。ルシアスのそばにもよくいるんだけど、それと比べものにならないくらい大きい」
 やがて雲が切れ、窓の下に遠く青い海がどこまでも広がった。その光景に胸がときめく。
 帰るんだ――太平洋の真ん中の美しい住み処[いえ]に。

「お 出てきたな」
 テロンが二人の姿を見つける。
 セレスティンの方でも気づき、スーツケースを置き去りにして走ってくる。腕の中に飛び込む彼女をルシアスは受けとめた。
「子犬か お前は」
 テロンの言葉にマリーが笑い、テロンはマリーのスーツケースをつかんだ。ルシアスのロードスターは二人乗りなので、マリーはテロンが送ることにしていた。
 別れ際にマリーはセレスティンを抱きしめた。いつもセレスティンを可愛がっていたが、こんなふうに扱うのは見たことがなかった。
「時間をとってね、セレスティン。ルシアスとゆっくり過ごすといいわ」

 車の中で二人きりになり、自分を見つめる彼女の表情――言葉を探しながら、ぽつりぽつりと伝えられるニューヨークでの経験。
 記述は断片的だったが、それでもマリーとの旅行が彼女に与えたものを感じることができた。
 今の自分を超えたい――もっと知識を、力を身につけ、できることを増やしたいという願い。
 少しばかりの困難は、彼女を押しとどめはしない。そして一歩づつ、彼女は大人になっていく。
 車が道路に入るとセレスティンはうとうとし始め、やがて寝息をたてる。
 眠る彼女の横顔は、会ったばかりの頃と変わらない。無垢な、手放しの信頼。
 ハンドルを握りながら、ふと思う。
 彼女をこのまま眠らせておくことができたなら……。
 もちろん、それは不可能なことだ。
 鳥はかごの中に閉じこめておくことはできない。鳥は飛ぶように生まれついているのだから。
 そして自分のものではない声がつぶやく。
(光を箱の中に閉じこめておくことはできない――光は広がるように生まれついているのだから 克服するべき暗闇を求めて――)

 静かな庭で一人、マリーはニューヨークで過ごした時間について思い返していた。
 あれから少しして小さな小包が届いた。赤いフェルトに熊の爪が幾つか包まれていた。ウルフの手仕事だろう、すでにきれいに磨かれ虎目石[タイガーアイ]のように光る。
 マリーは柔らかな鹿皮で手のひらよりも小さな袋を二つ作り、ビーズで刺繍を施した。
 それぞれに熊の爪と、あの時に切りとった毛の束を小さく縛って入れる。
 それから一つの袋には、乾かしたとうもろこしの実と薔薇のつぼみ、祈りを込めながらマリーが自分の手で磨いた小さなターコイズ、オアフの海岸で見つけた小さな貝殻、そして鳥の綿毛を入れた。
 鉱物、植物、動物、人間、そしてスピリット。たくさんの恵みと守りが、あなたにあるように。
 もう一つにの袋にはスイートグラスと黒曜石。
 熊族[ベアー ピープル]からの語りかけを思いだす。
 覚悟を決めて、人生に戻れ。いずれ、自分を世界から離して生きる生き方を変える心の準備をしろ……と。

 セレスティンをニューヨークにつれていったのは、冬を知らない彼女に冬を経験させ、心の要素をバランスさせる助けにするつもりだった。
 だが呼ばれていたのは、自分だったのかもしれない。そしてセレスティンはむしろ、自分を助けるためにそこにいたと……。


(続く)