7. 輪郭

 マリーは庭のテーブルに白いカップを2つ、木のトレーから移した。
 キッチンに戻り、セレスティンの好きなマンゴーのタルトをもって出てくると、彼女が庭の向こうから歩いて来る。
 また植物の中に埋もれていたのだろう、椅子に座る彼女の背中やジーンズには土や葉っぱがついていた。
 ティーポットからお茶を注ぐと、ヤドリギ[ミッスルトウ]、イラクサ[ネトル]、西洋オトギリソウ[セントジョンズワート]の青っぽい香りが立つ。
 セレスティンはお茶のカップに顔を近づけて、湯気を深く吸い込んだ。切り分けられたオレンジ色のタルトを頬張りながら、笑顔を見せる。その表情ははっきりと目覚めている。

 テロンと時間を過ごすようになって、セレスティンに変化が現れていた。
 夏の間に、庭に住む植物の精や小さなエレメンタルたちと関わるようになってから、庭や林の中で夢見るように過ごすことが多くなっていた。
 そこから戻ってきても、まるで心の一部を向こうの世界に残したままのように、意識が体の中に入り切らないふうがあった。
 マリーは最初にセレスティンを受け入れた時から、彼女の内にある性質や要素を制限せずに伸ばさせてきた。内面を整理して、人格を安定させる作業は続けつつ、伸びる能力は自由に広がらせ、型にはめることはしない。
 それが一種の偏りにつながったのは確かだ。
 若い彼女は好奇心のおもむくまま、人間ではないものから呼ばれるままに時間を過ごした。
 庭の生命たちは、明らかにセレスティンを好ましく思っていて、彼ららしい無邪気さで彼女を自分たちの空間に招き入れ、引き止めた。
 人間とは異る存り方をする生き物たちと時間を過ごすことで、彼女の感覚は広げられた。それ自体は好ましいことだ。
 しかしそれに伴って広がった彼女自身の輪郭は、その境界が緩み始めていた。そして庭から離れている時でも、目に見えない領域からの影響を受けるようになっていた。
 それがテロンが「足が浮き過ぎてる」と指摘したことだ。
 だがテロンが本気で彼女の手をとってから、緩み広がった輪郭が定まり始めた。
 彼は動物好きのセレスティンを馬と向かいあわせることで、「自分の肉体としっかりつながる」ことを、体を通して教え直した。
 同時にセレスティンは、おそらくテロンからそれを吸収したのだろうが、行動に目的を見るようになった。
 植物の精やエレメンタルたちとの関わりにも、明確な意図をもって彼らの領域に足を踏み入れ、そして戻ってくる。何も考えずに向こう側に滑り込むのではなく、戻る時のことを心に留めて扉を開く。そして意識の一部をこちら側につないで残しておく。
 だから意識を向こう側の世界に遊ばせながら、庭のこちら側でマリーが何をしているかにも気づくことができる。
 二つの領域を同時につなぐ、興味深い才能の片鱗。
 しかしなお彼女のとるべき形がどんなものなのか、マリーにはわからなかった。
 最初、彼女が植物と関わることに自然な才能を見せた時、大地とのつながりを見てとることができた。
 しかしヘルメスのような足どりの軽さと気ままさ、自由を愛する性質は風を思わせた。
 そしてテロンと過ごすうちに、彼の熱をも吸収しつつあるようだ。
 それともそれはいっそ、注がれた器に合わせて自らの形を変える水の質だろうか……?

 それにしても、テロンのやり方は見事だった。
 彼はこれまで、かつて属していたという白魔術教団での自分の立場について語ったことはない。しかしさぞ有能な指導役だっただろう。
 セレスティンが何を必要としているかを即座に見抜き、それを身につけさせるための手段を的確に選んだ。
 何かを教えるために、言葉で「ああしろ、こうしろ」と言うのは簡単だ。だがそれでは外側の決まりを与えるだけ。与えられた枠に従うことしかできなければ、未知の事態に対処する力はつかない。
 本当に何かを学ばせたいなら、本人の中に変化を引き起こすための下地を作ってやり、そうして本人の内から変化が起きるように仕掛ける。
 それをテロンは理解していた。
 才気あふれる術師が有能な教師や指導者であるとは限らない。いや、近代魔術の歴史を眺めるなら、術師としての際立った才能と、教師として他者を導く能力が同じ人間の中に同居することはむしろ稀だ。
 だがテロンがセレスティンを導いた手際から、彼はその例外に当たるだろうとマリーは思った。

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