セレスティンが大学から帰ってくると、リビングでマリーが手作業をしていた。
細い木の枝をたわめて大きな輪を作り、紐を蜘蛛の巣のような形に張っている。近寄って見ると、紐は少し黄色みを帯びて不思議なテクスチャーだ。
「マリー それはなに?」
「夢を捕まえるもの[ドリームキャッチャー]」
「飾り? クリスマスのリースみたいなもの?」
「いいえ 二つ目の世界に馴染んでいる者にとっては、とても実用的な道具よ」
「この紐は見たことない材質だけど、何か特別なもの?」
「これは鹿の腱[シニュー]の糸。アップステートのコテージに住んでいた時に、部族の猟師から腱を分けてもらって、繊維にほぐして編んだものなの。とても強いわ」
「これ、蜘蛛の巣の形だよね?」
「そう。部族の人たちの間では、ホピでも、ナヴァホでも、オジブエでも、蜘蛛は土地の人間を見守り、助力を与えてくれるグランドマザーなの。
時には蜘蛛の姿で、時には人間の女性の姿で現れる。
ドリームキャッチャーはもともとオジブエ族の伝統だけど、今はアメリカ中の部族に広まっているわね。
オジブエの言い伝えでは、部族の人々が本来の土地からずっと遠くにまで離散して、グランドマザー・スパイダーの糸が届かなくなった。それで身内の女性たちがグランドマザーの代わりに、子供たちのためにこれを編むようになった。
子供が眠っている間に悪いものが近づいてくると、蜘蛛の巣がそれを捕らえてしまうようにって」
「蜘蛛は家の番人みたいだなって、いつも思っててたけど、蜘蛛の巣の形がお守りにもなるんだね」
「形は象徴ね。植物と動物から借りた材料を人の手が編む。そうやって作られたものに、お祈りを通して生命を吹き込むの」
完成したドリームキャッチャーに二人でお祈りを込めて、部屋の天井から吊るす。
見上げると、確かに何かに見守られているような気がする。
マリーはお茶の準備をしに下に降りていった。
窓を開けようと見ると、窓枠に小指の先より小さな薄茶色の蜘蛛がいた。ぴょんぴょんとジグザグに跳ねて移動する。
「ハエトリグモ[ジャンピング スパイダー]だ 可愛いー。でもあなたは巣は張らないんだよね、ルーカス君」
ちいちゃな蜘蛛は立ち止まり、セレスティンの言葉に耳を傾けるようにして、それからまた、ちょこまかと跳ねて窓の上縁に移動していった。
植物の精がいるから、きっと蜘蛛の精もいる。そうすると、種類ごとにいろんな精がいるのかな。それとも蜘蛛全体をまとめている存在がいるのかな……
ジレは、アップタウンにあるケイティのマンション[アパート]に向った。入り口にドアマンがいる程度に高級なアパートだ。
彼女の部屋の前に立つと、ノックをする前にドアが開く。リビングに通され、示された椅子に座った。
照明が落とされ、ろうそくの明りだけが部屋を照らす。
ケイティは向かいの大きな椅子に座った。
「透視のセッションは経験がある?」
「いや これまではそんな必要は感じなかったから」
「そうよね あなたはとても頭がいいし、いろんな人たちにコネがあるから、たいていのことは何とかできてしまうものね。始める前に質問はある?」
「いや。信頼しているよ」
「じゃあ メディテーションをする時と同じように、意識を静めて……私の手をとって……その女性のことをありありと思い浮かべて」
あの娘の姿と存在感を思い浮かべる。
「……ずいぶん若いじゃない?」
「本当に僕の心からイメージを汲めるんだね」
「当たり前よ。でも こんな若い娘が、本当にオフィサー・オディナの恋人なの?」
「二つ目の世界で一緒にいるのを見たんだ。オディナは彼女をずいぶん大切に扱っていた」
「……」
ケイティが沈黙し、本気で意識を集中し始める。
彼女の意識が広げられ、そして何かをつかもうと探り始めるのがわかる
かなりの時間が経った時、ケイティが「きゃっ」と悲鳴を上げ、手を振りほどいて、その手で何かを払いのけるようにした。
「どうした?」
「ああ いやだ……蜘蛛……蜘蛛が私の視野に入ってきて……私 大嫌いなの」
目を開けたケイティが青い顔で身震いする。
しばらくして、彼女が再び目を閉じて集中しようとする。しかしすぐに目を開け、汗ばんだ白い肌から嫌なものを払うようにする。手が震えている。
「だめ……意識を向けようとすると、蜘蛛がはりついてくる。こんなの初めて……嫌だわ……蜘蛛使いの魔女か何かなのかしら」
彼女の様子を見ながら、この様子では、少なくとも今晩は無理だなと思った。
しかしあの右も左もわからない娘に、こんな小細工ができるとは思えない。
誰かがあの娘を守っているのか。蜘蛛なんて使うのはオディナのスタイルじゃない。誰か別の人間がいる。
自分のやりたいことを邪魔されるのは気に入らない。しかしジレは興味をかき立てられた。
(なぜ あのとりたてて目立つところのない、大した力もない娘を守る術師たちがいるのか……)