14. 近づく

 ルシアスを待って、アラモアナ・パークの木陰に転がっていた。
 波の音と風が気持ちよくて、いつの間にか、うつらうつらしていた。
 眠りに落ちる時の、あの気持ちよさ……
 意識がほどけて、自分がもっと広がりながら、どこかへ落ちていく……自分がこの現実から解放される……
 気がつくと、まわりが暗い。
 モノクロの褐色の雲に包まれて、それ以外、何も見えない。
 どこかから、若い声が聞こえた。
「……考えてごらん なぜ あの広い二つ目の世界で 君が僕と出会ったのか……君も魔術を学んでいるなら この世界には 偶然なんてものはないと知っている……僕らが出会ったことには意味があるんだ……」
 不思議に引き寄せるような力のある声。
「僕は気がついたんだ 君は特別な存在だと……」
 声の主の姿は見えない。でも近づいてくる気配がある。逃げようとするけれど、方向がわからない。
「恐がらないで 僕と君は 遠い昔からの知りあいなんだ だからこそ あの場所で お互いを見つけることができた……」
 見えない相手に手をつかまれ、あわてて振りほどく。
 携帯電話が鳴って、びっくりして目を開ける。
 反射的に体を起こし、バックバックのポケットに手を伸ばす。携帯をとり出して応えた。
 ルシアスの声。
「ん……少しうとうとしてた 携帯の音で目が覚めた……うん なんにもないよ 大丈夫」
 こちらに向っているけれど、ふと気になったので電話をしたとルシアスは言った。
 バックパックに携帯を戻しながら、マリーにもらったお守りのメディスンパウチがないことに気づく。「大切なものだから」と机の上において、そのまま忘れてきちゃったんだ。
 でも変な夢だった……。
 膝を抱え、早くルシアスが来ないかなと考える。
 少しして彼の姿が見え、セレスティンはバックパックをつかんで立ち上がり、走った。
 ルシアスの胸に飛び込むと、しっかりした腕に抱きしめられ、ほっとする。

 二人で海岸の砂の上を歩く。
 ルシアスは何かを考えている。
「どうしたの?」
「……後悔していないか?」
「どうして?」
「君のせいではないのに、わけのわからないことに巻き込まれてしまって……」
「だって 自分がやりたいと思うことをやってるのに、後悔なんてしないよ。
 私はルシアスといっしょにいたいと思ったから、ずっとついてきたし。テロンやエステラから教わってきたのも、これが自分が本当にやりたいことだって思ったから。
 ルシアスと他の三人と会ってなかったら、今でも普通の大学生の生活を送っていたと思うけど……でも普通の生き方に後戻りなんてできないよ。
 狭い世界には、もう戻れない。
 自分の世界を広げることで、普通とは違う面倒なことに出くわすなら、それはかまわない。
 引き返すつもりなんてないし、ルシアスのそばも離れない」
 彼がセレスティンの手を握る。
 彼の表情にいくつもの感情が入り交じる。
「……君が いてくれることに感謝している」
 セレスティンは手を握り返した。
 大切な男性[ひと]……彼がいてくれるだけで、こんなにも私は幸せなんだから……。

 自分の部屋のソファにもたれていたジレは、深く息を吐いて目を開けた。
 変性意識の状態から、ゆっくりと意識を引き戻す。
 自分がやってのけたことに、思わず笑みがこぼれる。
 あの娘が眠る場所には、妙な守りが張られていて近づけない。
 だが彼女がその外に出て、たまたま意識の制御を手放した、その隙にすべり込むことができた。
 ニューヨークは今、夜。ハワイは午後だ。外出中に居眠りをするか、白昼夢でも見ていたのかもしれない。
 そして自我に制御されない状態の彼女の心は、自分の言葉に反応した。
 彼女の半分は逃げようとした。しかし残りの半分は、ささやかれた言葉が「自分が探しているものへの手がかりにつながっているかもしれない」、そう感じていた。
 話すことさえできれば、彼女の心をつかむことができる。
 これは少々面白いゲームになってきた……。