アップタウンの夜空を見渡すマンション[アパート]の一室。
ジレはソファにもたれて考えにふけってた。自分の指が小刻みにひじ掛けを叩いているのに気づき、それを止める。
自分でもわからない理由で苛立ちを覚えていた。
いや、理由はわかってる。
それほど難しくはないと思っていたことが、思うように運んでいないからだ。
うまくタイミングをつかめば、またあの娘の意識にアクセスできると思った。
あるいはこれまで通りの「偶然」が続くなら、あの娘が、ほとぼりがさめたと思って、二つ目の世界に足を踏み入れることもあるだろうと思った。
だが、あれ以来、彼女の気配はつかめない。
向こう側で、彼女と出会ったあたりをいくら探ってもその存在は感じられない。こちら側で、守られている空間の外で意識の制御を緩めているタイミングも捉えられない。
三度目の偶然はないのか……。
それから気をとり直す。
この件は重要ではない。この教団で自分がやらなければならないことに比べれば、ささいなことだ。
あの娘に自分の方を向かせることができたら、オディナの鼻を明かせる。それはいい気分だろうが、個人的な満足に過ぎない。
そう考えようとしたが、思考はまだそのまわりを回る。
フレイとオディナ。そして少なくとももう一人、あの娘の周辺にいる誰か。
フレイとオディナが新しいグループか教団を作ることを画策し、そしてあの娘もその一部である可能性。
以前は深く気に留めていなかったが、その可能性が高いように感じられてきた。
しかしそれは大きな問題ではないはずだ。
仮に新しい教団が組織されても、そこには伝統がない。伝統の中に蓄えられ、参入者を変化させ、動かす力[エグレゴール]が存在しない。
自分がわざわざこの歴史のある教団に参入し、その枠組みの中で働き、その上で幹部の人間だけを入れ替えたいと考えるのも、教団の集合意識にある力[エグレゴール]自体は残さなければならないからだ。
エグレゴールは、宗教であれ魔術であれ、あらゆる精神的な組織に存在する、その「魂」とも呼べるものだ。それなくしては、魔術教団は、いや、あらゆる宗教組織も、人を変え、また支配する力を持ちえない。
それとも……それに対抗し得る何かを彼らは手にしている――手に入れようとしているのか?
ジレはソファから身を起こした。
これは自分の考え過ぎだろうか?
娘のこと以上に、二人の所在を突き止め、彼らが何を画策しているかを調べるべきかもしれない。
透視者を使うやり方はとりあえず限界だ。ケイティが役に立たず、エステラ・ネフティスにも話を持ち込めない以上、これ以上の詳細な情報は望めない。
他の方法で……。
ジレは教団の改革のために自分が密かに組織しているグループを、青年将校団[ヤング・タークス]と呼んでいた。その中から何人かの顔を思い浮かべ、リチャード・エルドマンに焦点を当てる。
エルドマンは国防情報局[DIA]に勤めていたが、事故による怪我で退役し、今は民間の仕事についている。真面目な性格で忠誠心が厚い。情報収集や捜索関係の経験もある。
「通常」のやり方を使わずに透視者を使ったのは、魔術教団に属する者の考え方だ。自分たちは「通常」の道筋を飛び越えて必要なものを手に入れられるという、一種のプライドでもある。
それにあの娘をなんとか捕まえられれば、自分の話に引き込むことができ、後は容易だと考えもした。
だがガードは予想外に堅い。
言い換えれば、意識的にこちらを警戒している。隠しておきたい、守るべき何かを持っているということだ。
ジレの食指が動いた。