「ミスター・セクレタリー 今日の予定表を見せていただけますか」
ジレが声をかけると、教団[オルド]の書記は大きな机の向こうからこちらを見た。彼はジレが参入する以前からこの仕事を務めている。その表情は相変わらず不承不承だ。
年代物の本のようにぶ厚いノートが机の上に開かれる。
教団の指導者――賢者[マグス]という敬称で呼ばれる――と外部の人間のミーティングは、すべて内密だ。筆記は教団独自の暗号文字を使い、記録は紙でのみ残される。これは昔からの伝統だが、今ではコンピュータ経由のハッキング対策にもなっている。
ジレは素早くページを一瞥した。今日の訪問者は二件。書かれているのは時間と名前だけだが、それを記憶にとめ、礼を言って部屋を出る。
廊下を歩きながら、自分のタブレットで検索をして訪問者の素性を確認する。
一人はこれまでに何度か訪れている現役の上院議員なので、調べるまでもない。しかし二人目の名前は調べても手がかりがなく、おそらく軍の関係者だろうと当たりをつけ、後で知識のある人間に確認することにする。
ジレは教団の基準で言えば若輩で、指導者の補佐役であるといっても、ミーティングに同席どころか訪問者の顔を見ることもできない。こういった人間たちが教団を訪れることは内密に管理されている。
政界や軍の関係者が、たとえ白魔術と言えども魔術教団などと関わっていることが世間に知れたら、大きなスキャンダルになる。
一般の人間には白魔術と黒魔術の区別もつかないし、何といってもアメリカは、イギリス国教会の弾圧を逃れた新教徒[プロテスタント]によって建国された国だ。二百年の間、その常識と価値観が社会を支配してきた。大統領の就任宣誓すら聖書に対してなされる国なのだ。
教団への訪問者は人目を避けて招かれ、幹部でなければ訪問について知ることもない。だがジレは「あなたの仕事を効率的に補佐するために」と繰り返しガレンを説得し、親しい幹部の口添えをもらい、スケジュール帳を見る許可をとりつけたのだった。
あの古参メンバーである書記は、それを快く思っていない。
次にしなければならないことを考えながら、中庭に出る。
ヨーロッパの庭園風によく手入れされた庭で、数人の女性たちが集まっておしゃべりをしている。
近寄ってあいさつをし、その中の一人に声をかける。
「ミス・オドネル 少し時間をもらえるかな」
赤毛[ストロベリーブロンド]の女性がこちらをふり向く。
ケイティ・オドネル。気が強く、自信家で、そしてその自信を裏打ちする程度に力のある透視者[クレアヴォイアント]。
庭の人気のない場所まで歩き、話をする。
「ミス・ネフティスが戻ってきたね」
「そうらしいわね」
彼女の表情が明らかにつまらなさそうになる。喜怒哀楽が実にはっきりしている。怒らせればさぞ恐いだろう。
「あんなに長く留守にしたっきりで、もう戻ってこないかと思ったのに」
「その方がよかった?」
「彼女がいなければ、次の託宣者[オラクル]は私だわ。あなたもそう思うでしょ?」
「君の家はアイルランド系で、代々、霊媒や予知能力者を出しているんだったね。君はその血を継いでいるんだよね」
「そうよ」
ケイティは誇らしそうに顔を上げた。
「君の力を見込んで、頼みたいことがあるんだ。若い女性を探している。容姿と雰囲気を記述するから、居場所についての手がかりを得られないかな」
「名前と年齢は? 相手を捉まえる印がなければ、はっきりした結果は出せないわよ」
「名前はわからない。二つ目の世界で二度ほど見かけただけだから」
「何を企んでるの? ストーカー行為の共犯にされるのはごめんよ」
「個人的な動機じゃないんだ。教団に関係していることだよ」
「本当に?」
「君も知ってるだろう。僕がどれだけ教団のために考え、動き回っているか」
「そうねえ」
「オフィサー・オディナの関係者なんだ。もしかしたら彼の恋人かもしれない」
ケイティの表情が緊張し、頬が赤らむ。
彼女がオディナに惚れ込んでいるのは知っていた。
オディナの方では彼女など眼中になかったが、彼女の方では自分こそ彼にふさわしい女性だと思っていた。それで彼が教団を辞め、一言もなく姿を消したことにひどく落胆していたのだ。
通常は、透視者の仕事に感情を混ぜ込ませるのはよくない。透視者の個人的な感情や無意識の欲求は、リーディングの内容に投影され、精度を歪める。時にはリーディングの内容がまったくの妄想で終わることもある。
しかしこの場合は嫉妬が、名前もわからない相手の居場所を突き止めさせるという、難しい仕事を可能にするかもしれないとジレは考えた。
ガレンは自分では、エステラ・ネフティスを含めた透視者たちに近づかない。おそらく都合の悪いことを気取られるのを避けているのだろう。
しかし透視者といっても、360度の視野をもっているわけではない。むしろ多くの場合、その視野は遮眼帯[ブリンカー]をされた馬のように狭い。
ケイティもその例に漏れない。
「君でもさすがに難しいかな?」
彼女の顔に苛立ちが見える。
「ねえ これは覚えておいてよね。その気になれば、オフィサー・オディナの居所を探すことも、私にはできるのよ。
ただ個人的な動機でそんなことをするのは、教団の規律に反する。だからしないだけ」
「それはもちろん、わかっているさ。でも、この依頼をするのは僕だ。そしてそれは教団のためなんだ。だから君は僕の依頼に応えるだけで、あとは任せてくれればいい。
うまくいけば、オフィサー・オディナを呼び戻せるかもしれないと思うんだ」
ケイティーが思案するように目を細める。
「いいわ、ガブリエル。夕方、私の所に来て」