二人が去るのを見ると、ジレはカフェを出てホテルに戻る道を歩き始めた。
たった今見た、あの娘とフレイの様子が頭の中に浮かび、これまで経験したことのない感情が湧き上がる。
娘は自分のすべてを預けるようにフレイの胸に飛び込んでいった。
こぶしを握って力を込め、二人のイメージを頭から押しのける。自分の中に広がろうとする感情を意志の力で押さえ込む。
考えなければ……娘とフレイの関係について……娘とオディナの関係について……あるいはオディナとフレイのことはどうだ?
しきりに考えを巡らせて、そして一つの結論にたどりついた。
オディナとフレイは、あの娘が特別な能力を持っていることを知っている。そしてそれを利用しようとしている。
おそらく新しい魔術教団かグループを作るつもりだろう。
蜘蛛を使ってケイティを邪魔したのも、その仲間の一人だろう。
そして娘を手元において言うことを聞かせるために、彼女を篭絡し、フレイが恋人ということになっているのだろう。
いずれあれだけ素直で感情のオープンな娘を操るのはたやすい。ただやつらの方が先に彼女を見つけていた。そして自分たちに都合のいい囲いの中に彼女を押し込めているのだ。
そう考えると、いろいろとつじつまが合う。
だとすれば、どうするべきか。
フレイとオディナがグループを作ったとしても、それは放っておいてもいいと以前、考えた。いずれ新しく作られるグループには、伝統のある魔術教団が持つ力はない。やつらがやりたいというなら好きにさせればいい。
その考えに一抹の疑いが湧く。
テレンス・オディナは近年、教団の南のオフィサーを務めた中でも、もっともパワフルな人間だと言われた。
四人のオフィサーがとり仕切る儀式の際には、他のオフィサーのレベルに合わせるために、力[フォース]の発揮を抑えているとさえ噂された。
フォースのキャパシティで彼と対等に向かい合えるのは、エステラ・ネフティスだけだと。
そしてフレイはオフィサーの座にはつくことがなかったが、その潜在的な力はオディナに近いだろうと一部で噂されていた。
ただフレイは教団で幹部の立場につくことを望まず、自分の力のすべてを見せることをしなかった。だがそれも指導者の座につけば変わるだろうと、フレイを推した人間たちは考えていた。
その二人に、エレメンタルをてなづける特殊な能力のある娘が加わったら――それなりに力と魅力のあるグループができるだろう。
オルドを抜けて彼らに加わる人間も出るかも知れない。
おそらく出るだろう。オディナは多くのメンバー、とくに軍の出身者から慕われていた。ガレンと比べれば、本物の人望があった。
ガレンが指導者の候補になったのは、妥協と裏での暗躍の結果だ。それは舟を揺らしたくない古参の幹部たちに都合のいい選択だった。そして自分にとっても別の理由で都合のいい選択だった。
能力のない下っ端が教団から抜けるのはかまわない。だが自分がまとめようとしている能力のある若い人間が抜けてオディナとフレイに加わるのは、自分にとっては大切な持ち駒を減らすことになる。
自分は若い有能なメンバーをまとめて改革を進め、オルドをその伝統と器ごと手にしたいのだ。
オディナとフレイがその邪魔になるならば、対抗する手段を考えなければいけない。
そしてやはり、あの娘は自分の手に入れたいと思った。
計画が必要だ。
オディナとフレイの所在もわかった。
ニューヨークに戻り、追加の情報と材料を集めて計画を練り直す――
考えにとらわれていて、注意がおろそかになっていたのだろう。通りがかりの男と肩がぶつかった。
「失礼」
声をかけるジレの顔を男がじろりと見る。
その目つきが一般人ではないことは即座にわかった。体格や雰囲気は軍の出身者かもしれない。それも自分の力を押し通すことに慣れているタイプ……。
男はそのまま何も言わずに立ち去り、ジレもそれ以上の注意は向けなかった。滞在の予定をキャンセルして、ニューヨークに戻ることにすでに頭が向いていた。