ガブリエル・ジレはニューヨークに戻る飛行機の中でも、しきりに考えを巡らせていた。
どうやってあの娘をフレイやオディナから引き離し、自分のそばに置くか。どんなふうに彼女を、教団を新しく生まれ変わらせる改革のシンボルに使うか……。
休暇は1週間と申請していたので、残りを一人で部屋にこもって過ごし、計画や次のステップについて考えた。
それから教団に顔を出す。
今日のスケジュールを確認に行くと、古参の書記がいつもの無愛想さで言った「ミスター・ガレンからの言づけだ。来たらすぐに執務室へと」。
離れている間もネットとメールを使ってできる仕事はこなしていたが、教団には古風な形式的手続きを必要とすることも多い。そういうものがたまっているのだろう。
執務室に行くと、ガレンが机の向こうで大きな椅子にもたれていた。
あの椅子は歴代の指導者が座ってきたもので、エステラ・ネフティスの座る託宣者の椅子と対になる。
そうだ……あの娘をネフティスの後釜に座らせることができれば……。
「君と少し話したいことがある」
淡々としたガレンの声に考えを中断される。
「座りたまえ」
「どんなことでしょう」
「まず、君が教団の中で作り上げている私的なグループのことについてだが」
突然そう指摘され、ジレは狼狽したが顔には出さなかった。
「僕の人脈[コネクション]のことですか? それは教団の仕事をスムーズにするためのものです。あなたの仕事を助けるためにも、いろいろなコネを活用しています」
「君にはまわりくどい言い方をしてもかわされてしまうから、要点を言おう。
君には個人的な野心があり、教団をそのために動かそうとしていると、そう私の耳に入っている」
「これまでの働きぶりを見ていただければ、僕が全力で教団に尽くしていることは明らかです。あなたが指導者の地位に就くことも、あらゆる面でお手伝いしましたし」
「それは確かにそうだった。だが、私は君にとって都合のいい置物の指導者なのだろう。必要なら他の人間でとって代えることのできる」
「そんなことは……」
ガレンの表情はいつものように淡々としている。それは単に感情が乏しいのだといつも考えていたが、読み違えていたかもしれない。
「それからもう一つ。君がルシアス・フレイとテレンス・オディナの二人と通じていると」
ジレは眉をしかめた。
ガレンにそんなことを吹き込んだのは誰だ? ケイティの顔が浮かぶ。それとも他の透視者か?
「彼らを呼び戻して、私にとって代えようということかな」
「それはとんでもないでたらめです。ご存知じゃないですか 僕がオディナの策謀からあなたの立場を守るために、あらゆつ手だてを尽くしたことを。
そこまであなたを支えておいて、今になって彼らを呼び戻すなど筋が通りません」
「しかし君が休暇をとってハワイにでかけたのは、彼らに会うためだったのだろう? フレイはハワイにいるそうじゃないか」
――エルドマンか? やつが裏切ってガレンに告げたのか?
「どうだ 正直に話してもらえないか」
「何をですか」
「ハワイに行ったのはアストラル界で見かけた娘に会いに」などと言われて、ガレンが信じるわけもない。
「ミスター・ジレ 君は私を単なる形式的な指導者と考えているかもしれないが、事実として今、私は教団のトップだ。すべての人事についての権限があるし、特定のメンバーを教団から破門にすることもできる」
「それはまた大げさではありませんか。僕が処分に値するような行為をとったと、そんな証拠が現にあるのですか。そもそも誰がそんなことを――」
その反駁には答えず、ガレンは冷たいほど静かな声で言った。
「私は君や一部の幹部が考えるような形式的な指導者であることに甘んじるつもりはない。名実ともにこの教団を完全に掌握する」
「そのために僕はこれまで働いてきましたし、これからもそのつもりです」
「では、君の個人的グループに属する人間のリストを出してもらえるかな」
ジレは手詰まりを認めざるを得なかった。
すべてを完全に否定すれば、教団を追い出される。
リストを渡せば、自分が裏でやってきたことを認め、その上でグループのメンバーを売ることになる。
このタイミングで、前もっての動きもなしに自分の首を絞めにかかってきた。
目の前にいるガレンは、自分がこれまで知っている男ではなかった。これまでただ完璧に自分を隠していたのか?
ジレはまだ、ガレンの人格の根本的な強さについては疑いを持っていた。
自分が相手にしているのは、この男一人ではない。ガレンの教団での行動を制してきた別の人間がいる。その人間から行動の許可が出たのだ。
大きくため息をついてみせる。
「わかりました」
「ものわかりがいい。君の頭の良さにはいつも感心する」
「この教団は僕の精神的な拠り所です。ここを追い出されるわけにはいきません。
ただ、僕とても教団のためによかれと思って行動してきたというのは、認めていただけますか」
「教団のためという言葉の意味次第だ。
君が教団を改革しようとしていることは知っている。
私も、この教団を徹底的に改革するつもりだ」
改革――その言葉がガレンの口から出るとは。
「私はフレイを評価していた。彼は実際にこの教団の指導者にふさわしかったと思う。
あれは理想主義者で、それを支えるだけの意志の力のある男だ。立場や権力に執着せず、理想のために妥協しない。教団を去った潔さはその表現だ。
彼ならば、自己の理想に沿って教団を動かし、生まれ変わらせることができただろう。
しかし、だからこそ彼に戻ってきてもらうわけにはいかない」
ガレンは言葉を切り、目を細めた。
「だが、もうそのことに触れる必要はない。彼がこの教団に戻ってくることはない。君や他の人間がどれほど画策しようと」
まだ読み切れないその表情を見ながら、ガレンがフレイについて何かを企んでいると感じた。
フレイの中には、ガレンを不安にさせるものがあるのだ。そしてそれをとり除こうとしている……。
ジレはこれまでガレンのことは容易にあしらえると思っていた。しかしその紳士の顔の後ろにはまったく別の顔が隠されていたということに気づき、初めて不吉なものを覚えた。