セレスティンは首をかしげた。
今朝から何度かルシアスに電話しているが通じない。それも携帯の電源が切られているようで、呼び出し音すら鳴らずに電話会社の録音が出る。
こんなことは今まで一度もなかった。
何とはない不安を感じるが、それを横に押しやる。
しばらく待ったが我慢できず、ルシアスのコンドミニアムに行く。建物の入り口のインターコムで部屋を呼びだすが返事がない。
もしかして、気分が悪くて寝ているのかも?
ルシアスはいつもきちんと健康管理していて、調子を崩しているのは見たことがない。でも、たまにはそんなこともあるかもしれない。
顔なじみのセキュリティスタッフに事情を話して通してもらい、エレベーターで上がって部屋の呼び鈴を鳴らす。
応答はない。
もう一度電話してみるが、やはり通じない。
どうしたらいいかわかずテロンに電話すると、それほど待たずに姿を見せた。
ドアの外から声をかけ、それから合い鍵でドアを開ける。
部屋はしんとしている。ルシアスの姿はなかった。
ベッドはきちんと整えられて、普通に起きてどこかに出かけたと思わせる。
「駐車場を見てきたが車はあった。遠出して車が故障したとかいうんじゃない。それならまず電話をしてくるだろうしな。
最後に話をしたのはいつだ?」
「昨日の夜」
「その時は、どこかに行くとも言ってなかったんだな?」
「うん。何もかもいつも通り」
「以前のあいつなら、ふらりと出かけたり部屋にこもって、しばらく姿を見せないようなことはたまにあった。だが今は、お前に何も言わずにそうするとは思えない。
送るからマリーのところにとりあえず帰れ。俺の方で警察に問い合わせて、必要なら捜索依頼を出す」
状況を確かめた後、テロンの判断は素早かった。
マリーのところに戻り、事情を話して二人で待つ。
落ち着かないセレスティンに、マリーはレモンバームのお茶にレッドクローヴァーの花の露を落として飲ませた。
テロンから電話があり、「とりあえず該当するような事故も事件もない。明日の朝まで待って連絡がないなら、行方不明者として捜索を始める」と連絡があった。
捜索という言葉が、落ち着きかけていた不安を針のように刺激する。
ルシアスが現にいなくて、連絡がとれないという現実が肌に触れる。
ふいに夢の中の感情がよみがえる。「愛する人が自分のもとに帰ってこない」……急いでそれを打ち消す。
あれは夢の中のこと。事実だったとしても、ずっと昔の出来事。
だいじょうぶ。じきにルシアスから連絡があるか、普通に姿を見せてくれる。そう自分に言い聞かせる。
やがてテロンがやって来た。
マリーは自分とセレスティンにお茶を、テロンにコーヒーを入れてから、リビングに座ってビーズ織りの作業を始めた。
マリーがビーズを織るのは、何かお祈りをする時。
テロンはソファにもたれて本を読んでいる。
何気ないふりをしていたけれど、雰囲気は重かった。何かがおかしいと、それぞれに感じていたのだと思う。
夕方になり、マリーが食事の準備をしてくれた。セレスティンは食欲がなく、珍しく食事を残した。
一人で暗くなっている庭に出る。空気は冷え始めているが、風はない。
「ねえ そこにいる?」
あの小さなつむじ風のようなシルフがどこかで聞いていないかと呼びかけてみる。
返事はない。
あのシルフはいつもはルシアスのそばにいる。きっと彼といっしょにどこかに行っているんだ。
「ルシアスが大丈夫かどうか、誰か知らない?」
聞いているものがいるのかわからない。でもこの世界には、人間が気づかないたくさんの耳があることは知っていた。
あたりはしんと静まっている。
セレスティンは草の上に座り込んだ。
突然、家のまわりの木々が音を立てて鳴り、風が吹き抜けてきた。
風はセレスティンをとりまくようにくるりと回り、髪を舞わせた。
「シルフ……」
青い針葉樹のようなルシアスの匂いが、ふわりとセレスティンを包む。
「……ルシアスは大丈夫なんだよね?」
風の中の瞳がセレスティンを見つめ、それから風は吹き去った。