18. 執念

 窓のない部屋で、ルシアス・フレイが黙々とタスクにとり組むのを、スローンは少し離れた場所から見ていた。
 かつてフレイが自分の下で働いていた時につねに浮かべていた、あのストイックな表情で。
 本部では、遠隔透視の訓練を受けた兵士や士官たちは、専用のブースに隔離されてタスクに当たる。明りを落とした防音ブースの中で外部からの刺激を遮断し、集中して作業を行うことが必要だからだ。
 だが目の前のフレイは、この急ごしらえの設備で、蛍光灯が照らす部屋の中央に置かれた椅子に座り、淡々と作業をしている。測定用の機材やそれを操作する研究員に囲まれていることも意に介していないようだ。
 机の上に積まれた封筒の一つを手にとり、視線を下ろしてしばらく何かに集中する。それから自分が透視しているものの記述を始める。
 封筒の中に入っているのは、ターゲットの座標が記された紙だ。封は閉じられているので中を見ることはできない。
 ターゲットはロシアや東ヨーロッパ、その他の敵性国の軍事施設だ。それに対照用として、こちらにデータのあるアメリカ軍の施設と、発電所といった民間の施設も混ぜてある。
 フレイはそれらの施設の性質、軍用か民間用か。施設の規模。配備されているミサイルがあればその種類、数、核弾頭の有無などを記述していく。
 フレイの能力を知らない人間なら、単にあてずっぽうだと思うところだが、スローンはそれが正しい情報であることを知っていた。
 対照用に混ぜられた民間のターゲットもフレイは見抜き、そして国内の軍事施設や民間施設について記述された情報は正確だった。
 3年のブランクを経てもフレイの精度は衰えていないどころか、磨きがかかっていた。
 対照用のターゲットについての情報がここまで当たっているなら、それ以外のロシアや敵性国のターゲットについても同様のはずだ。
 DIAが把握している情報と照らし合わせてその正確さが確認できれば、この自分が率いるプロジェクトの有用性が決定的に証明される。
 実際にはプロジェクトのというより、フレイの能力の有用性だが、それは問題ではない。他の兵士や士官にフレイと等しい能力を身につけさせればいいのだから。
 フレイのような能力を持った情報将校を一定数、確保することができれば、軍の情報収集能力は飛躍的に向上する。いやそれどころか有事の際にも圧倒的な有利に立てる。
 そのために役に立ちそうな研究者をかき集め、フレイの透視能力を可能にしている要因を見つけ出すよう命じた。「手段は選ばないから、使える結果を出せ」と。
 研究者らは、遠隔透視を行う際に起きる脳や知覚の生理学的な変化があるはずだと主張し、脳波や血中のホルモンの測定から始めると説明した。
 自分がさらされる測定や実験についての説明を、フレイは表情を変えずに聞いていた。
 今もスローンの目の前で、電極をつけられ測定用の機器につながれながら、黙々とタスクを行っている。
 よほど魔術教団がらみの脅しが効いたものと見える。以前の生意気な態度は影を潜めていた。
 反抗的な若造が自分の支配に屈するのは気分のいいものだ。さらに実験動物のように扱われるのを見るのは、スローンに奇妙な満足を与えた。
 それにしても、このタイミングで都合よくフレイの背景を知る人間から情報提供があったものだ。
 最初に情報を渡された時にはスローン自身、その真偽を疑った。今どき魔術だの魔術教団だのと、馬鹿馬鹿しいと思った。
 しかしその相手は、フレイがそういった組織に属していた複数の証拠を送ってよこし、さらにその組織が凶悪な犯罪行為に手を染めていることについて複数の証人がいると伝えてきた。
 それならば脅しに使ってみない手はない。事実ならフレイが要求をのむ可能性はある。それがでたらめで空振りだったなら、別の手を考えればばいいだけのことだ。
 いずれにしろ、まずフレイの身柄を拘束することだ。手の内に入れてしまえば、後はどうとでもなる。野放しにすれば、やつはまた姿を消すだろう。今度こそ逃してはならない。そう考え、自分自身でハワイに赴いた。
 そしてその賭けは成功した。
 やつが逃げていた3年の間、プロジェクトは停滞し、今や予算を失う危機に直面している。だが今度こそ、自分とプロジェクトの立場を揺るぎないものにしてみせる。