ルシアスはその日に課せられたタスクを終わり、居室として割り当てられている部屋に戻った。外から鍵がされることはないが、ドアの外には複数の監視員がいる。
本や身の回り品など求めたものは与えられたし、食事にも注意が払われていた。しかし携帯電話はとり上げられたままだ。
あからさまな拘束には見せたくないが、逃亡の機会は与えないという、スローンのやり方だ。
そして薄灰色の壁に囲まれた部屋に窓はない。
ベッドに腰かけ、壁を見つめる。
自分が拘束されている場所が、カウアイ島西岸にある海軍の旧施設の一角であることには気づいていた。使われなくなっていた建物の一部をスローンが借り受けているのだろう。
ルシアスがプロジェクトには戻らないと判断したスローンは、二つの交換条件を出した。長期的な拘束は不可能だし、生産性もないと踏んでのことだろう。
スローンが求める数千件のタスク――敵性国の軍事施設についての情報収集を完了すること。そしてルシアスのずば抜けた遠隔透視の能力を可能にしている要因を調べる研究に協力すること。
3か月の間にすべてのタスクを完了し、研究に全面的に協力すれば解放される。
魔術教団との関わりにおける犯罪容疑の証拠は破棄され、その件は封印される。その後は二度とスローンの方から接触することはないと。
スローンが本当に約束を守るつもりがあるのかは、わからなかった。
だが自分とテロンが教団との関係で誘拐と殺人に関わった証拠がある、証人もいると告げられた時、それを空脅しと受け流すことはできなかった。
スローンは目的のためであれば、証拠の偽造でも証人のでっち上げてもやりかねない男だ。
権力と個人的な栄誉を得ることを望みながら、つねに「合衆国のために」という大義をふり回す。そしてその大義が本当であると信じ込み、自分の望むことは合衆国のためだと勘違いしている。
そのスローンが何を企んでいるのかを知る必要があった。
そしてスローンに脅しの材料を与えた人間が、教団の中かその周辺にいる。それについても手がかりを引きだしたかった。
教団と黒魔術を結びつけ、それに重大犯罪の嫌疑を交えて脅しに使うというのはスローンの発想ではない。それを示唆した人間がいる。
スローンに偽りの証拠を与えた人間が教団自体に害意をもっていれば、こんな回りくどいことはせずに直接、当局に接触していただろう。
その人間は、何らかの理由で自分を陥れる――スローンの手の内に落とすことを望んだ。
点と点をつなぐには、わからないことが多過ぎる。
考えないようにしていたセレスティンのことが浮かぶ。
自分の失踪が彼女の心にどれほどの負担をかけているかを思うと、胸が痛んだ。
だが彼女にはマリーがそばにいるし、テロンもいる。二人が彼女を支えてくれるだろう。
スローンは彼女の存在を知っていた。自分の身辺を調べた際に見つけたのだろう。
「恋人を悲しませたくないだろう?」と口にした時のスローンの薄笑いを思い出す。自分が取り引きを拒めば、あの男は彼女にまで手を伸ばすかもしれない。それを恐れた。
自分がスローンの要求を呑んだのは、何よりもそれが理由だった。
かつて一度、自分は彼女と別れてニューヨークに戻ると決めたことがあった。あの時は、自分の人生に彼女を巻き込むことはしたくないと考えた。
それは、いつか過去からの手が伸びて自分を引きずり戻すと、どこかで感じていたからではなかったか。今、現に起きているように。
自分は彼女を腕に抱くべきだったのか。あの時に選んだように、彼女を手放し、ハワイを去っておくべきではなかったか……。
そこまで考え、ルシアスは自分を止めた。
そんな後悔は、自分と彼女の間に築かれた関係を否定することだ。
彼女の愛が、どれほど多くのものを自分に与えてくれたか。
だが彼女を大切に思うからこそ、スローンのような人間を彼女から遠ざけておきたい。
そのために自分にどんな犠牲が必要とされようと。