マリーの家の小さな門のところで二人が待っていた。テロンは車から降り、助手席のドアを開けてセレスティンを座らせる。マリーが耳打ちし、セレスティンの体調が思わしくないことに触れ、目を離さないで欲しいと頼んだ。
それは言われるまでもない。
ルシアスが行方不明になっている間、セレスティンはその帰りを待ちわび、苦しい中でも視線は先を向いていた。ルシアスが病院に入ってからも、彼の意識が戻ることを待ち続けた。
しかしここになって、彼女の気力が削がれてきたように感じられる。1日の大半をルシアスのそばで過ごしているが、彼が戻るのを待つというよりも、今の状態を受け入れ、それに慣れようとしているかのように見えた。
今、彼女はいつものようにベッドのそばの椅子に座り、言葉もなくルシアスの顔を見つめている。
テロンはその二人を見ていた。
医者は「この状態から意識が戻る可能性は低いし、時間が経つほど回復の可能性は下がる」と言った。
テロン自身はそんな言葉を信じていなかった。
ルシアスは必ず戻ってくる。それはこの男を知る自分の確信だ――この人生だけでなく、幾つもの人生で行動をともにし、互いの背を守りあってきた記憶から来る確信。
心配なのは、むしろセレスティンの方だった。
冬も経験したことのない若い枝が、突然、吹き荒れる暴風の中に自分を見つけた。風の重さにたわむ彼女は徐々に抵抗することを諦め、その重さに自分を曲げつつある――今の彼女の様子はそんな風に見えた。
やがてセレスティンの頭がふらりとベッドの縁に落ちた。夜もあまり眠っていないようだとマリーに聞いていた。その疲れだろう。テロンは彼女の体を椅子ごとベッドに寄せ、ルシアスのそばに頭を休めさせた。
ノックの音がし、ドアが開く。
入ってきたマリーは、ルシアスの肩にもたれるセレスティンの姿を見た。そばに歩み寄るマリーの表情には、慈しみと哀しさが入り交じっていた。
マリーはバッグから道具箱を出し、茶色い小瓶をとり出した。手のひらにオイルをとると、植物の芳香が立つ。
その手でセレスティンのこめかみをそっとマッサージし、オイルを首の左右と手首にも擦り込んだ。それから頭に手を添えて祈りの言葉を唱える。
浅かったセレスティンの呼吸が深くなる。
彼女の眠りが徐々に深くなるのを見ながら、マリーが言った。
「このこを連れていって休ませて。一人にしないで、そばにいてね」
「ああ 何かあったら呼んでくれ」
セレスティンを腕に抱き上げる。
彼女の体は以前に抱え上げた時よりも明らかに軽かった。
マリーの家より病院に近い、自分のコンドミニアムに車を向ける。この時間、地下の駐車場にも、部屋に上がるエレベーターにも人気はない。
静かな通路を歩きながら、初めて眠っている彼女を抱え、アパートの非常階段を上がった時のことを思い出す。
自分はルシアスを探して連れ戻すために、ホノルルに来たのだった。そしてルシアスが「小娘」に強い感情を抱いているのを知り、あいつを殻から引きずり出すのに使えると思った。
娘はたまたまそこにいた。自分にとって重要な目的を果たすための駒ぐらいにしか思っていなかった。
自分の馬鹿さ加減は相変わらずだ。
セレスティンを抱えたまま鍵を開ける。疲れていたせいもあり、マリーのまじないが効いているのもあるだろう。身じろぎもせず寝息を立てている。
部屋に入ると、彼女を腕に抱いたままソファにもたれた。
自分の体の生命エネルギー[フォース]の境界を意識的に緩める。こうすればフォースは高い方から低いほうへ流れる。枯渇しかけている彼女の体に、自分の生命エネルギーを分けてやれるはずだった。
だが、セレスティンの体は、与えられるものを受けとらなかった。
愛する男が突然、何者かに連れ去られ、殺されかけ、そしてようやく見つかった今も意識不明のまま。それがセレスティンを押しひしいでいる現実だ。
その重圧は、若い彼女にとって背負うには主すぎた。彼女を「セレスティン」として一つにまとめているつながりがほつれ、きしみ始めている。
「生きるという意志」が、彼女の中で揺らいでいた。
こんな状態では、自分自身の生命力[フォース]を一つにまとめて保つことも、与えられるフォースを受けとって自分の中に留めることもできない。
ここまで彼女から生きる意志を削いでいるのは……それはルシアスのことだけなのか……?
与えられる生命力を彼女がわずかでも吸収するよう、しばらくその痩せた体を抱いたままでいた。
しばらくして彼女を奥の部屋のベッドに寝かせる。目を離すなとマリーに頼まれていたのを思い出し、自分は床に腰を降ろし、壁にもたれた。
部屋のカーテンは閉めてあったが、隙間から光が漏れている。
あの時――彼女の部屋で、早朝の日差しの中で眠る横顔を見た時に気づいた。そしてそれからずっと自分の中でふたをし、閉じこめてきたこと。
それはこれからも言葉にされることはない……。