アップタウンにある瀟洒なマンション[アパート]の最上階。
エルドマンは、ジレから指された椅子に座った。フランス製のミネラルウォーターが、上等なカットグラスに注がれテーブルに置かれる。水はよく冷えていた。
向かいに座るジレの背後には、大きな窓からアップタウンの夜空が見える。
「君の背景と能力を見込んで、頼みたいことがあるんだ」
ジレは、そう切り出した。
エルドマンはジレの顔に視線を移した。
ガブリエル・ジレは整った顔立ちで、貴公子然とした印象を与えた。その表情からはいつも、自分が力を握るべき人間であることを確信している自信がうかがえる。
何色ともいいがたい暗い色の瞳は、人の心の奥底を見抜く力があるような印象を与えた。
彼の視線には人を操る力があるとも噂された。教団の女性たちがジレに見つめられ、まるで魅入られたように反応するのをエルドマンも何度か見ている。
今はガレンの片腕としてふるまい、教団のあらゆる場所に見えない形で自分の影響力を広げている。時期が来れば、ガレンに代わり教団のトップにつくのかもしれない。
もっともエルドマンが感じている彼の性格からすれば、誰かを傀儡に立てて、その背後で力を握ることを選ぶかもしれない。
ジレはその若さに関わらず、人を掌握することに長けていたが、それは彼が何をする、何を言うという以上に、彼の存在そのものから発せられる特殊な影響力が人を惹きつけ、動かすように見えた。
カリスマというのは、こういうものかもしれない。
彼に何かを頼まれれば、嫌と言うことはできない。誰もが彼が望む通りに動かざるを得ないのだ。
「ルシアス・フレイの居どころを探して欲しいんだ」
エルドマンはポーカーフェイスを保ったが、背後の感情の動きはジレには隠せなかっただろう。
ジレは笑顔を浮かべてエルドマンを見た。
「そうか 君はフレイと知り合いだったかな。彼の居場所を知っているのか? それなら手間が省ける」
何をどこまで話すべきなのか迷いかけ、エルドマンはその思考の流れを遮った。
スローンからのことについては話す必要はない。
電話会社のデータベースに裏からアクセスして、携帯電話の番号と、それに紐付けられた私書箱の住所はわかっている。
「なぜ、と聞いてもいいか?」
「実は、フレイとオディナがいっしょにいるんじゃないかと思うんだ。それで彼らの動向を探りたい」
あの二人が……それはあるかもしれない。二人は教団内での関係を越えて気の合う友人だった。
指導者の後継の座をめぐって教団が二つに分れた時、エルドマンは表立ってどちらの側にも加担はしなかったが、指導者にはフレイ少佐が好ましいと思っていた。
ジレはもちろん、ガレンをその座につけるために動き回っていた。
エルドマンがジレのグループに招かれたのは、少佐が姿を消し、ガレンが後継者になることが決まった後だ。
「居場所を見つけてどうする? 様子を見てこいと?」
「いや 場所がわかれば、僕が自分で行く」
それは意外だった。彼は、こういった仕事は基本的に他人にやらせる。わざわざ自分で行くというのは、何か特別な理由があるのか。
「で、知っているんだな フレイの居場所を?」
「携帯の番号はわかるんだが……まず話をしてみたらどうだ?」
「話をする前に、彼らがどうしているか、この目で様子を見たいんだ。話をするかどうか決めるのはそれからだ」
「じゃあ、少し待ってくれ。住んでいる場所は調べなければならない」
「いいとも。思った通り、君は頼りになる。
わかっていると思うが、このことは、フレイやオディナには言わないでくれるね」
ジレの目が、念を押すようにエルドマンの目を捉えた。