30. 愛する者

 セレスティンはバックパックから携帯電話をとりだし、時間を見た。ルシアスのところで眠ってしまってから、今は夜中に近い。
「病院に戻るには遅い。マリーのところに帰るか?」
 セレスティンはガラス戸ごしに暗い空を見ながらいった。
「海岸を少し歩きたい」
 テロンはクローゼットから自分のジャケットを出してセレスティンにもたせた。
 夜のビーチパークに人気はない。道路沿いの街灯があたりを薄く照らす。夜風が強くて肌寒く、テロンのジャケットを羽織って砂の上に下りる。
 テロンは横に並ばず、ポケットに手を入れ、何かを考えるように少し後ろを歩いている。
 セレスティンは波の動きに注意しながら、海と砂浜の境目を歩いた。
 この寄せる波と砂の間のような場所に自分はいる。
 セレスティンとして生まれたこの人生と、記憶の中にあるはるかな昔の人生の、その重なるところ。
 ずっと前にパークの草の上で、過去の生の記憶についてテロンに訊いた時のことを思い出す。
 あの時、彼は黙っていることを選んだ。
 セレスティンが自由に選ぶことを妨げないように、自分の記憶を胸の中に閉じこめた。
 でも今、記憶は二人の中で共有されている。
 ずっと昔に自分が愛して、その帰りを待ち焦がれたひとが、そばにいる。でもそれはこの人生で、自分がルシアスを愛している事実を変えはしない。
 たくさんの思いで散り散りになってしまいそうな自分を、セレスティンはしっかりとつかんだ。
 私はどこにもいかない。ここにいる。 
 うしろを歩くテロンをふり向く。立ち止まるセレスティンに彼の足が追いつく。
 これまで見たことのなかった優しい表情が向けられ、胸の中の切なさが増す。
「小難しいことは考えるな」
 彼が手を伸ばして頬に触れる。
「お前の目がどちらを向いていようと、俺はお前のそばにいる。
 ここまで待ったら、人生をもう一つぐらい待つのは何でもない。次は必ずどんな男より先にお前を見つけてみせる」
「……約束?」
「ああ 約束だ。だからお前も運命の女神に予約を入れとけ。次の人生では、お前が最初に愛するのも、最後に腕に抱くのも俺だと」
 セレスティンは背伸びをしながら彼の首に腕を回した。