翌朝早く、マリーの家に向かうために車に乗る。
「どこかで朝飯を食っていくか?」
「マリーの焼いたパンケーキが食べたい」
そう言ったとたん、テロンの携帯が鳴った。
「今、そっちに向かうところだ。セレスティンがマリーのパンケーキが食いたいと言ってる」
電話を切った後、笑いながら言った。
「お前が食べ物を要求するようになって、マリーも一安心だな」
家に着くと庭のテーブルに朝食の準備がされていた。
キッチンから出てきたマリーがティーポットをテーブルに置き、セレスティンを見る。
セレスティンはマリーに歩み寄って抱きしめた。
「ごめんなさい 私……ずっと甘えてた」
マリーがセレスティンを優しく抱きしめ返す。
「お腹が空いてるでしょう? 先に果物とヨーグルトを食べていて。すぐにパンケーキを焼くから」
もうずっと、食べることに気持ちを向けられないでいた。
それをとり返すように、大きく切ったパンケーキを頬張る。たっぷりのバターとメープルシロップが染みこんだ温かいパンケーキが、口の中で溶ける。
食べ物を食べるのは自分の体を満たして、生きる意志をつなぐこと。それを自分は拒んでいたんだと気がついた。
でももう、私はどこにも行かない。
マリーが微笑みながら目を細める。
彼女はセレスティンの気持ちの変化について何も訊かなかった。ただテロンの顔を見つめ、そして何かを得心したようだった。
朝食を食べ終わり、締めくくりのカフェオレを飲む。
セレスティンは、ルシアスを探しに行きたいのだと言った。
マリーは驚かなかった。むしろそれをどこかで期待していたみたいだった。
テロンは向こう側の世界の西洋魔術につながる領域[テリトリー]に詳しい。マリーは部族の領域[テリトリー]に馴染みがある。
二人とも、生者の領域と死者の領域を分ける川の存在については知っていた。ただ自分でそれを渡ったことはないから、経験に基づいてセレスティンに手引きを与えるわけにはいかない。
肉体を去った者は川を渡り、死者の世界に赴く。川を渡って向こう側に行ってしまったら、こちら側には戻ってこられない。それが多くの古い文化に伝わっている伝承だ。
本で読んだ臨死体験をした人たちの経験談でも、こちら側に戻ってくる人たちは、伝承の中の「川」に相当する敷居を超える前に、向こう側から戻されてきている。
「ルシアスはまだ生きているんだから、そのラインを越えてはいないはずだな」
「ええ それに、向こう側でセレスティンがルシアスを見つけるのは、それほど難しくないはずだと思うの。
恋人同士の魂は惹きあうものだから。
セレスティンが自分の中の彼の記憶をたどって存在感に集中すれば、彼がいる領域を見つけることはできると思うわ」
それからマリーは何かを思案する顔をした。
「ただ これは私の感じなのだけれど――ルシアスがこちらに戻ってくるのを妨げているものがある、そんな気がするの」
「何かが足止めか邪魔をしているということか?」
「……かもしれない」
「それが何なのかを見つけるには、とりあえず探しに出てみるのが早いか」
「そうね」
「場所は病室がいいか? ここからでも病室からでも、いったん向こう側に入っちまえば関係ないんだが」
「セレスティン、どう? ルシアスの体のそばにいた方がやりやすいとは思うけれど、病室の環境でも集中できる?」
「うん 大丈夫と思う」
「じゃあ準備しましょう」
マリーは彼女の道具箱を詰めに部屋に戻った。
セレスティンが自分の部屋に戻ってから下りてくると、テロンは携帯をとりだしてどこかにかけていた。
それを諦めたようにポケットに戻す。
「エステラ?」
「ああ」
それ以上言わなかったが、連絡がとれないことを気にしているのがわかった。
「いずれ彼女のことだから心配ないとは思う――今はルシアスのことが先だ」