歩いて10分ほどのオープンエアのカフェに案内し、そのまま行こうとする彼女をジレは引き止めた。
「飲み物ぐらい買わせてくれるだろう?」
「私……行かなきゃ」
「まだこんな時間じゃないか。
僕に会ってみて、別に危険な人間にじゃないと同意しただろう?
君は僕を恐がってない。ただ言いつけを守ろうとしてる。
君にそういう指示を与えた人間は、君を子供扱いしている。
でも君は子供じゃないし、自分の意志を持ってる。
それなら君の意志で、僕と話をすることを選ぶこともできる。
なぜ僕がここにいるのか、知りたくないか? どうやって君と会うことができたか?」
彼女の中に迷いが生じるのがわかる。どうするべきなのか……子供扱いされることへの抵抗……物質世界の制限を超えた現象への興味。
それにしても、実際にこうして見てみるとなかなかいい。まだ、美しいというよりは可愛らしいの範囲だが、もう少しすれば……。
「じゃあ 15分だけ」
ジレは笑顔を見せた。二人でテラスの席につき、飲み物を注文する。
「話をするのに名前を知らないのは不便だ。教えてくれるだろう」
「……」
「中佐は君に『二つ目の世界では、訊かれても名前を言うな』と教えたんだろう? でもそれが意味をなすのは向こう側でだけだ。
僕らはこうやってすでに実際に会ってるんだから、名前を隠すことに意味はない」
「でも 約束だから」
ジレは大げさにため息をつき、残念そうな顔をした。
「わかった。それなら無理は言わない」
ほっとした様子とともに、目の前の相手の頼みを拒むことへの幾分の罪悪感。これは扱いやすい。
「……ハワイには お休みできたの?」
「はっきり言おうか。君に会いに来た」
「……どうして?」
「君と僕の間には特別なつながりがあるんだよ。それを君も感じないか?
向こう側で、だれにも邪魔されないはずの場所で僕は休んでいた。あの湖の周辺には普通の人間は近づけないんだ。
そこへ君は苦労もせずにやってきた。それは偶然ではありえない。
そしてあれから僕もいろいろ考えたんだが、君は特別な存在だ。何かすごく稀な力を持っている。
それを確かめたかったんだ」
「特別な能力なんてないよ。まだ勉強中だし」
「サラマンダーのことは悪かった。
君にはエレメンタルを懐かせる能力があるんだろう? サラマンダーたちは普通、あんなふうに特定の人間を守るようにふるまったりしない」
そう言われて彼女が何かを考え始める。思い当たるふしがあるようだ。
「私は普通に接してるだけ。でも、いろんな妖精やエレメンタルたちは仲良くしてくれるの。それだけ」
「その能力はもっと伸ばせる。君が自分の能力を自覚して強めていけば、いろいろな存在に命令もできるようになる。
エレメンタルを自分の意志で動かせたら、どんなことができるか考えてごらんよ
「生き物に命令なんてしたくないし、エレメンタルたちに私の意志を押しつけることなんてしたくない。
私、あなたとはやっぱり考え方が合わないと思う」
小さなつむじ風が彼女の髪を引っぱる。
また邪魔な風……待て……これはシルフか?
「もう行く。恋人と待ち合わせてるから」
ジレは笑った。
「恋人ね それは中佐のことかな?」
「違う じゃあ」
娘はバックパックをつかみ、財布からキャッシュをとりだしてテーブルにのせ、立ち上がる。
止める間もなく、ふり向きもせずに通りへと歩いていく。その足は何かを目指すように早い。
彼女の後ろ姿を目で追う。
その先に見えた人影に、ジレはがく然とした。
すらりとした長身にあの静謐な雰囲気。
彼女はその胸に飛び込み、フレイの腕が彼女の体を抱きとめる。
ジレは素早く席を立ち、カフェの中に入った。店の色のついた遮光ガラス越しに、斜めに角度をとって二人を見る。
彼女があふれる笑顔でフレイを見上げる。世界の中でもっとも大切なものを見るようなその視線。そしてフレイは娘の抱擁を当たり前のような仕草で受けとめ、彼女を腕の中に抱いた。彼女の愛が自分のものであることを確信している、そういう態度だった。
その光景はジレを激しく苛立たせた。
娘はふり返って、自分が座っていたテラス席の方をちらりと見、それから何事もなかったかのようにフレイの腕をとった。
自分の中の感情をジレは嫉妬だとは認めなかった。
しかし教団に参入して以来、こんなに強い感情が自分の中にこみあげてきたことはない……。