暗い森の中を歩く。後ろをついてくる火の精[サラマンダー]たちの発する光が、まわりの木々を赤やオレンジに照らす。
エステラは、エレメンタルにはたくさんのカテゴリがあると言った。人間の体を構成したり、空気中に偏在する微小な光の粒子みたいのから、人間が想像する妖精の姿をとるもの。そして主[ロード]と呼ばれる巨大な存在まで。
中世のアルケミスト、パラケルススの時以来、西洋では、それらをまとめて火の精[サラマンダー]、水の精[ウンディーネ]、風の精[シルフ]、土の精[ノーム]という、それぞれの総称で呼んでいると。
この狼ぐらいの大きさのサラマンダーたちを、テロンは「小型」と呼んでいた。
向こうでは、熱気を通してその気配を感じられるぐらいだけど、シルフと同じで、こちら側では姿がはっきり見える。
燃えたつ光は彼らの存在の表面ではなく、内部の中心から発して、そしてちらちらと輝きながら一瞬一瞬、形や大きさを変える。
こういう生き物がテロンのそばをうろうろしていると考えるのは、なんとなく納得がいく。
数日前から彼らと歩くようになって、歩みがぐんと速くなった。それは自分の心理的な距離の感覚が変化したせいかもしれないし、テロンが与えてくれた目標のせいかもしれない。
超えなければいけないと知っていた森の境界。本当はそれに近づくのが、少し恐かったんだと思う。
でも今はサラマンダーたちがそばにいてくれて、心強い。
とりあえずの目的は、境界を超えて、その先で水を見つけて、ウンディーネを見つける。
その前に、サラマンダーたちともう少し知り合いになりたい。
テロンは、サラマンダーもそれ以外のエレメンタルも、人間には予想のつかない反応をすることがあると言っていた。
「人間の固定された視点からは理解できないというだけで、やつらにとっては完全に論理的で一貫性のある反応だ。
だが必要な時には、それをお前の意志の力で押さえられなきゃならん」。
それはきっと、馬とのつきあい方を覚えたのと似ていると思った。
「エレメンタルにも、人間のとは違うが知性や感情に相当するものがある。理解したり把握する力はあるが、人間みたいに頭でっかちな能力じゃない。
そしてやつらには、人間みたいに思考と行動のギャップもない。頭で考えても行動に移さないとか、大嫌いなやつに愛想笑いをするとか、そういうずれやかい離がない。
内的な反応は、真っすぐにやつらの姿形や色や行動に表現される。それはよく見とけ。
シルフと理解を通じたかったら、シルフの目で世界を見ろ。
サラマンダーと意志を通じたければ、サラマンダーの目で世界を見ろ」。
テロンの言葉を思い出しながら、サラマンダーたちに声をかける。
「ねえ みんな、自分の名前はあるの?」
返事はない。
英語じゃだめなのかな。
でもテロンはゲール語と英語で話しかけてた。人間の言うことはわかるけど、言葉で返事はしないってことかな。
セレスティンは足を止めて、ふり返った。
「あなたたちの見ている世界って、どんな感じ?」
そばにいるサラマンダーの目を見つめる。頭らしいところに二つのルビーのような深い輝きがあるから、それが目だと思う。
そのルビーの目には、人間とも、セレスティンの知るどんな動物とも違う種類の知性があると感じた。
マリーの庭の植物の精たちのことを思い出す。妖精たちには誠意をもって近づいて、友だちになることはできる。でも彼らの考え方や望むことは、人間と同じではない。
サラマンダーが近寄ってきて、動物がそうするように頭を出す。
思わず手を伸ばしかけ、もし彼らの体が本当の火だったら、火傷をするかもと思った。
二つ目の世界で火傷をしたら、どうなるのかな……。
二つ目の世界も、普通の世界と同じくらい現実だというのは繰り返し言われてる。
ううん、いい。火の精を信じよう。
そう決めて手を伸ばす。自分の手がまばゆい炎に触れ、燃える光が手を貫く……。
瞬時、自分がサラマンダーの中に引き込まれ、世界が炎と光で満たされた。
自分のまわりのあらゆるものが、温度と明度と大きさの異る火または光として感知される。
木々は内側から穏やかな光を発し、その光はとてもゆっくりとパルスする。
地面は柔らかな、包み込むような温かさでおおわれている。
無数の昆虫たち、地衣類も、微生物や菌類も、それぞれの生命に応じた小さな光を灯している。
木の上やうろの中で眠っている鳥や小動物たちの体は、小さいけれどはっきりと燃える火。
そしてサラマンダーの目に映る自分……。
それはほんの一瞬だったような気もしたし、もしかしたら長い時間だったかもしれない。
確かなことは、火の精たちの目には、暗闇は存在しないということだった。
すべての生命には、生命の炎が宿っている……。