28. かけら[エセンティア]

 二つ目の世界から戻ってきた。
 火の精[サラマンダー]が経験させてくれた世界が、まだ自分の中で響いている。
 それをもうしばらく感じていたくて、セレスティンはそのまま床に横になった。
 それは単なる視覚的なイメージではなく、五感を通して体に響き、自分の内側でこだましている。
 自分の奥深くにずっとあって、なんとなく感じていたもの。でも、はっきりとは気づかないできたもの。
 きらめきながら形を変える炎。
 それが、動物、植物、微生物……あらゆる生き物の中に宿っている。
 光は生き物たちの内側から輝き出て、その光が世界を照らしている。
 この光がない世界……それは多分、暗闇だ……。
 胸を満たす感覚にしばらく身を任せていた。
 やがて時計に気づいて、ゆるゆると起き上がる。
 大学は新学期が始まっていて、今日は昼からクラスがある。
 ジーンズとTシャツに着替え、バックパックを肩にかけて出かける。
 朝ご飯には途中のコンビニでおにぎり[ライスボール]を買い、頬ばりながら歩く。
 顔を上げて、空を見上げる。
 何かが違う感じ。
 キャンパスの中を学生たちが行き交う。
 このところ、大学はちょっと退屈だなと思い始めていた。
 もちろん興味のある科目を学ぶことは相変わらず楽しい。生き物たちのことは、もっといくらでも知りたい。
 緩歩動物なんて、専門の研究者になれるならなりたいぐらい。
 でも、人間が経験できる世界がこの固い物理的な世界だけではなくて、その背後にもう一つ別の世界があることを知ってしまった。
 そしてその世界も、生き物たち――不思議な生き物たち――で満ちていることを。
 でも、それについて話すことのできる友だちはいない。多分「マンガかアニメの話?」って言われるか、「精神状態は大丈夫? カウンセラーと話をしてみたら?」って心配される。
 自分の感覚は時間をかけて広げられてきたし、いろんな経験も積み重ねてくることができた。だから自分が見ている世界は本当だとわかる。
 でも同じように自分で二つ目の世界を経験している誰かじゃないと、まともに話を聞いてもらうのは無理。
 だから大学では、自分が思っていることを話せる人はいなくて、ちょっと狭苦しくて退屈……と思っていた。
 そんなことを考えながら、目の前を通る学生たちを見ていた。
 たくさんの知らない顔、時々混じる知っている顔。
 そしてふと思った。生命の火のかけらは、人間の中にもある……。

 二つ目の世界に足を踏み入れるには、こちら側の世界で準備をして、身につけないといけないことがずいぶんあった。でもそれでいろんなことを経験できるようになった。
 自分の心にあると思っていなかったものが、思いがけず隠れていた場所から浮き上がってきもした。不安や恐れ、自分を足りないと思う気持ち。
 でもそれに気づいて、マリーから教わったように自分の一部に含め直すことで、自分がもう少し明晰になり、そして多分、強くなった。
 二つの世界は結びつきあっている。それを行き来するたびに、自分の中に小さな変化が起きる。
 そして多分、小さな変化が積み重なることで、時に大きな変化にもつながる。
 こちら側の世界と二つ目の世界は、どちらも同じくらい現実で、ただ世界を成り立たせているルールが違う。
 見かけは似ているようで、異る二つの世界。
 でも、それをつないでいるもの?
 こちら側でも、二つ目の世界でも、「自分」を「自分」にしているものがある。
 エステラが「二つ目の世界は内的な世界とも呼ばれる」と言った意味が、ようやくわかった気がする。
 内的な世界というのは、心の中だけにある世界という意味じゃない。でも二つの世界をつなぐ扉は、自分の内面を通さないと通れない。
 考えていくうちに、いろいろなことがつながって、うれしくなった。
 そして自分だけの深層意識の境界を超えて、外の世界に足を踏みだす準備もできた。

 そう思っていた……