お茶をはさんでルシアスとエステラの会話が続けられ、これまであまり耳にしなかった、ルシアスとテロンがかつて属していた白魔術教団についての話をマリーは聞くことになった。
ルシアスと話すエステラは、その言葉使いにも、背後にある思考にも曖昧さがない。
ルシアスはタイプとして理知的だ。感情はさらりとしてこだわりがなく、思考面では筋道を通し、論理《ロジック》を追うのを好む。強い風の個性を持ちながら、一切のうわつきや不要な動きがそぎ落とされて、物事に動じない姿勢に到っている。
そのルシアスの言葉や質問に、エステラが流れるように切り返す。それも理知的な言葉に理詰めで返すのではなく、背後にあって自由に流れる感情の力が議論を思わぬふうに動かし、たわめる。
やがて彼女と向かい合うルシアスの肩から力が抜けて、彼女に言い負かされることを受け入れ、楽しんですらいるように見えた。
これは今まで見たことのなかった彼の顔だ。
エステラと言葉を交わしながらマリー自身、自分の反応に気づいた。彼女の水の質は感情そのものとしてではなく、感情を昇華した、染み込み潤す質として表現されている。
ただ隣に座り、その声を聞いているだけで、彼女の静謐さが自分の中に染み込んでくる。
力でもなく、言葉でもなく、染み込むことで相手を変化させ、その奥にあるものを引き出す。
まるで世間話のように教団[オルド]やその周辺のことについて話す二人の会話を聞きながら、マリーは考えを巡らせた。
アメリカには無数の魔術系の教団や結社がある。多くは本を頼りに自己流で「魔術」を学んだ人間によるサークルかクラブのようなもので、その存在は名ばかりだ。
そもそも一般の人間が「魔術」という言葉から想起するのは、キリスト教会、あるいは映画や小説が作り出したイメージであって、どれも実際の道からはかけ離れたものだ。
多くの魔術の解説書は、自らが実践者ではない人間によって書かれ、そこから魔術を学ぼうとする人間は、部外者によって投影された「魔術」のイメージの表面をなぞっているに過ぎない。
他方で真に「秘密結社」とも言える、政界や軍部の奥深くに密かに存在して、魔術の方法論を利用するネットワークもある。
その中には私的な利益と権力のみを目的とする、いわゆる黒魔術に属する流れもある。
マリーはそのような組織と関わったことはないが、それらの組織に巻き込まれ、被害者となった人間に出くわしたことは何度かあった。
他方で、本来の意味での秩序と調和を保つための中枢[オルド]があるということも、マリーは知っていた。それは数としてはきわめて少数で、人々の目に入ることはない。
そしてマリー自身はこれまで、組織やグループには属さないことを選んできた。確かに儀式や典礼魔術の分野には、単独の実践者には可能でない多くのことがある。
だが関わりを持ちたいと思うグループには出会わなかったし、アルケミストとしての自分の道は孤独なものであると認めていたこともある。
一度だけ興味をもったあるグループは、しかし、その初代の指導者が数年前になくなり、マリーが訪れた時にはすでにグループの規律は退廃し、秩序を保つ場所[オルド]としての機能は失われていた。
二人の話にあがる教団も、ある意味ではそれと遠くない状況にあるように思われた。
比較的よく安定し、重要な機能を果たしてきた教団が初代の指導者やリーダーを失い、あるいは不適切な後継者を据えることで、当初の機能を失っていくのは珍しいことではない。
そのような時、グループの中でも能力と先見の明のある者はそこを去り、その外でまた新しい活動の種子がまかれる。
それは自然の中の種の栄枯盛衰と同じだとマリーは見てとっていた。そして自分はそういった混乱に煩わされることなく独り歩く道を選んだ。
それに対しエステラは、夾雑物を運びながら自らは汚されることなく流れ続ける静謐な川のようだ。
日が傾いて少し風が冷え始めた頃、テロンが姿を見せた。エステラの姿に快活な笑顔を見せる。
「俺の指示通りで迷わなかっただろう」
「タクシーの運転手が『こんなところに家はない』って主張するから、手前で降りたわ。でもすぐにこの庭からお迎えが来たから」
そう言ってゆっくり手を上げる。遅い午後の陽の光の中で、ふわりと丸い光の固まりが彼女の手の甲に降りてきた。それは少し彼女の手に留まってから、またふわりと舞い上がり、庭から見える林の方に戻っていった。
「こんな可愛らしい生き物をかまってると、シティに戻れなくなりそう。でも妖精にしてはずいぶん人慣れしてるわね。きっと普段、かまってる人間がいるのね マリー以外に」
そう言うとルシアスの顔を見た。
(続く)