6. 渡す

 海に面したホテルのレストランで、テロンはウォッカ・マティーニを傾けた。陽はすでに落ち、満潮の波が砂浜を呑み込むように押し寄せてくる。月のない暗い海を見ながら、エステラはシャンパンのグラスに口をつけた。
「本気か?」
「本人次第」
「前に話した時、お前は小娘のことに触れるのを避けてただろう。ただ俺の方で目を離さずにおけと」
「状況が変わったの。あなたのせいね」
「俺のせい?」
「かごの小鳥に『飛びたければ空を飛べるんだぞ』って教えたのは、あなたでしょ」
 そう言われてテロンは口を結んだ。
「蓋をして隠しておけるものなら、隠しておけばよかった。でも隠し通せない可能性の方が高くなったら、その先のことを考えて準備しておいた方がいい。
 あなたはあなたの動機と判断で行動したんだし、それについてどうこう言うつもりはないわ。
 たとえ状況がどれほど厄介になろうと、あなたもルシアスもあの娘を守るんでしょうし。
 でもそれならいっそ中途半端におかないで、きちんと道に引き入れて、教えられることは教えておいた方がいい」
「ルシアスには相談しないでいいんだな」
「この件に関しては、恋人兼保護者の意見に興味はないわ。決めるのは本人」

 大学の授業が終わってダウンタウンに出る。日差しが強くて暑くて、よく行くお店でモチアイスを買った。オレンジ色のパッションフルーツと、茶色のジンジャーブレッド味。
 小さな丸いアイスを頬ばりながら、携帯を見る。今日は珍しく三人の誰とも連絡がとれない。
 こんなこともあるんだな……とセレスティンは思った。
 いつもなら、相手のことを考えてただけで電話がかかってくることもよくあるのに。
 ビルの合間の小さな噴水の端に腰かけ、アイスを食べ終わる。
 ふと水面に何かが映ったか動いた。
 アメンボ? のぞき込んだけど、確かめることができる前にそれは消えてしまった。
 ルシアスのそばを子犬のようにうろうろする小さな風の精[シルフ]を、初めて見た時のような感じ。
 もう一度、今度はそっと水の上に身を乗り出し、気配を感じようとする。
 水の精[ウンディーネ]とかじゃないよね。もっと小さなの……
 しばらくして、そばに誰かが立っているのに気がついた。
 逆光の中のすらりとした立ち姿、藍色のショールからこぼれる金髪。きれいな女性[ひと]だと思った。
「セレスティンね」
「ええ――」
「私はエステラ あなたをテロンから引き継ぐわ」
 そう言われて、女性の顔を見上げた。深い瞳がセレスティンを捕らえる。


(続く)