13. 種子は根を伸ばす

 植物を観察したり花の露を飲んで、その経験をノートに書き留めながら、ふと子供の頃のことを思い出すことがあった。
 以前はあまりなかったこと。
 それが何度目かに起きた時、思い出したことをマリーに話してみた。
 楽しかったこと。悲しかったこと。両親やまわりの人たちとのこと。
 マリーは時折り質問をする以外、セレスティンの語ることにコメントをしたり、アドバイスじみた言葉をはさむことは一切なかった。
 ただセレスティンの語る内容に、優しく静かに耳を傾けた。
 ちょうど雨や、草の種や、風が運ぶ木の葉や鳥の羽を大地が区別することなく、それぞれのものとして受けとめるように、マリーはセレスティンの言葉を受けとめた。それを分類したり、理解の枠にはめたりすることはない。
 そうやって子供の頃のことを思い出したり、以前の自分の感情を「どうしてそんなふうに感じたのだろう」と見つめたりした。そしてそれまで漠然としていた自分の中のいろいろな考えや感情の輪郭が、少しずつはっきりしていく。
 自分の意識の中で、今まで目を向けていなかった場所に灯[あかり]がともるみたいに。マリーに見つめられ、言葉に耳を傾けてもらう時、自分自身がもう少しはっきりとし、もう少し広がる。

 例えそれが孤独や寂しさのようなものでも、自分が経験してきた一つ一つのことには意味がある。
 なんとなく感じていたその内的な感覚が、それをもう一人の人間と共有することで、自分の中で確かになる。
 最初にそういう経験をしたのは、ルシアスとだったと思う。そして今はマリーがいる……。

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