ルシアスはマリーという教師が、目を見張るような忍耐でセレスティンを育てていくのを見ていた。
知識として答えを与えてしまうのでなく、注意深く選ばれた手がかりを与え、セレスティンがそれをもとに自分で答えを探し、結びつけていくのを、時間をかけて見守っている。
それによって、学んだことが単なる知識に終わらず、経験を通して、若い彼女を内側から育む血となり肉となるように。
「自分にはとてもまねできない」そう言うルシアスに、マリーが笑った。
「植物を育てたことがあるかしら? それが種子にとってのタイミングでなければ、どれほど急がせても芽を出させることはできないし、蕾[つぼみ]にとっての時期でなければ、花を開かせることはできない。魂にもそういうタイミングがあるのよ」
植物を育てるように人間を育てる、か。いかにも大地の女神の器らしい。
こんなふうに、セレスティンが穏やかな時間の流れの中で、自分を見つけていくのを見ていることができたらいい……。
夜半過ぎ、ベッドに転がりルシアスは考えを巡らせていた。
海軍から退役し、国防情報局[DIA]の特殊プロジェクトから身を引いて一年半余りになる。
海軍の情報士官だったルシアスに「オペレーションのために、素質のある志願者を求めている」と、上官は話を切り出した。
「通常のカテゴリに収まらない特殊な分野の任務だが、詳しいことはプロジェクトの参加者にしか知らされない」。
興味を持ったルシアスは試験と面接に応じ、トップクラスの成績で選ばれ、プロジェクトに参加することになった。それはDIAの主導する軍事遠隔透視[MRV]プログラムだった。
同様のプログラムは陸軍ですでに運用されており、テロリストに誘拐された外交官の居場所を探し当てるなど、実用的な成果を出し始めていたのをルシアスは知っていた。
軍式の遠隔透視では、訓練を受けた士官や兵士が複数、監督者[ハンドラー]の下で働く。個々の透視者は厳密なMRVのプロトコルに従い、封筒に閉じられた緯度と経度だけをもとに遠方のターゲットを捉え、得られた情報を記述していく。
透視者は情報の分析は行わず、ハンドラーがそれを総合して意味のある情報[インテリジェンス]にまとめる。
しかし訓練を始めて半年後には、ルシアスの能力はそんな手順を必要としなくなっていた。
封筒に入ったターゲットを与えられれば、それをまるで目の前に見るように――自分がその場所にいるかのように、詳細に記述できた。それは通常の軍事透視の範疇をはるかに越えていた。
MRVの訓練は、ルシアスの力をある領域で最大限に引き出し、磨きをかけた。引き出しすぎたというべきかもしれない。
プロジェクト長は強い興味を示し、他の士官や兵士にルシアスと同様の能力を持たせる方法を研究するよう命じた。
その研究のために国防情報局[DIA]への転属の話が出され、ルシアスはこれ以上そこにいられないと思った。
DIAに所属が移れば、残りの一生をその監視下につながれて過ごすことになる。悪くすれば、実験動物か情報探知のための道具として使い潰されるだろう。
自分が軍の仕事を選んだのはそれが性格に合っていたからで、国防のために自分の人生を捧げるといったことに興味はなかった。いずれ組織や国家の枠組みの中でしか動けない人間の愚かしさには、愛想が尽きている……。
退役を申し出た時のプロジェクト長の落胆。そして自分の直接の上司でハンドラーだった男の執拗な、ほとんど脅しに近い説得。説得を拒まれた彼の異様な目の光。
だが、彼らは自分を行かせるしかなかった。
これまでに軍や研究機関の実験を通し、一貫して示されてきたこと。遠隔透視では、透視者が作業に興味を失い始めたとたん、情報の精度はがた落ちになる。
そのために複数の心理の専門家を置いて、透視を行う士官や兵士の使命感を高め、意欲を維持させてきた。
その意欲を失い、辞める意志を固めた人間はすでにプロジェクトの役には立たない。だから上官も自分の退役にも同意せざるを得なかったのだ。
あれから一年半。それはもうすでに過去のことで、今さら彼らにできることは何もない……。