12. かまど

 

 テロンが敷地に足を踏み入れる気配。マリーは窓から外を見た。
 彼とは最初に会った時から、長年の友人のように接し合うことができた。とりあえずの仕事もなく気ままに過ごしている彼は、ふらりとやって来ては時間を過ごしていったが、朝に訪れるのは珍しい。
 熱いコーヒーを準備して迎える。
 椅子に座ってカップを扱う彼の仕草。普段の言葉使いこそ乱暴そうなものの、彼の身繕いやマナーには、どこか育ちの良さを思わせるところがあった。
 カップを置いてマリーの顔を見る。
「そろそろ気が変わっただろう」
 マリーは自分も腰かけ、温かいお茶のカップを手で包んだ。
「私の頭に盗聴器でもつけてるのかしら、中佐殿[コマンダー]?」
「諜報[インテリジェンス]は俺の分野[はたけ]じゃない。盗聴器なんぞ仕掛けてあったとしたら、そりゃルシアスの仕業だ」
 彼の笑顔に引き込まれる。
 10年あまり海軍の特殊部隊に所属し、繰り返し前線に出てきた彼は、多くの修羅場を踏んでいるはずだった。だがそんな過去も、彼の陽気さには陰りを与えていない。
 いや、戦場での生死を踏み越えてなお失われない陽気さだから、本物だというべきなのか。
 そう……自分はセレスティンとルシアスを見守りたいというだけでなく、テロンとルシアスという二人の術師の生き様をそばで見たいと思い始めている。
 この二人の魔術師を通して、宇宙[そら]の意志が形をとっていく過程が見たい。
 宇宙[そら]の秩序が人の世界に形をとることを自らの目で見たいというのは、アルケミストとしての深い衝動だった。
「ゲームにのるんだな?」
「考えてるわ」
「いい手が回ってきてるからな、勝ち目[オッズ]は悪くない」
「わかってるわ。そうでなければ、あなたが賭けたりしないでしょう」
 マリーの中で答えは落ちるところに落ち、すぐに現実的なことに考えが向いた。
 テロンとルシアスは、魔術教団のようなものを作ることに興味はない。しかしそれとは別の形で、見えない大きな力と関わり、あるいはそれを動かすためのやり方を模索している。
 伝統的な教団であれば、典礼儀式の布陣のために四方向を司る四人のオフィサーを選ぶ。四人は、それぞれが四大元素を物質世界に着地[グラウンディング]させるための媒体となる。
 布陣の安定性と力は、この四人のエネルギーのキャパシティと人格の安定性、それに相互のバランスによる。
 ルシアスとテロンが等しくパワフルな東と南であるのは明らかだ。
 そしてマリーが北に当たると二人が考えていることも知っていた。
 もう一人、西に当たる者が必要なのだが、ルシアスとテロンにはそれが誰であるのか、すでに心当たりがあるようだった。
 そしてそれはセレスティンではない。
「セレスティンを四人目にと考えているのではないわね?」
 テロンは首をふった。
「あいつはまだ右も左もわからんガキだ。何かの使い物になるにしても、ずいぶん先のことだろう。
 西にはもう魔女が控えてる。俺もルシアスも頭の上がらないのがな」
 キリスト教文化圏で「魔女」というのは女性に対する最低の蔑称だが、テロンの呼び方には明らかに敬意とも愛情表現ともとれる響きがあった。
 ではその女性がいずれ訪れてくるのを、二人は予期しているのだろう。
 しかし冗談にしてもテロンに「頭が上がらない」と言わせるとは。
 それから再びセレスティンのことを考える。
 彼女がまだ右も左もわからないというのはその通りだ。
 だが目の前にある布置[コンステレーション]を見渡したマリーには、セレスティンがただ単なる「魔術師の弟子」ではなく、自分たちが築こうとするものの中で、何か大切な役割を果たすはずだという確信があった。
 だが、それがどのような形なのかが見えなかった。

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