3. 楔[くさび]

 テロンのためにいれたコーヒーのカップを、マリーはゆっくりとテーブルに置いた。
 彼がコーヒーを好むので、ハワイ島の農園で作られている豆を青いまま手に入れて、自分の手で煎ってひいたもの。火の女神の島で育った豆だが、香りは穏やかに澄んでいる。
 セレスティンは庭の向こうで、植物たちに囲まれて転がっている。その視線は空に向けられ、どこか高いところを見ている。
「呼ばないと戻ってきそうにないわね。前ならお茶とお菓子の気配ですぐに飛んできたのに」
 マリーの言葉に、テロンがセレスティンの方をちらりと見る。
「ふん 庭にいる細かいやつらにずいぶん好かれてるんだな。それはいいが、あいつ、最近ちょっと足が浮き過ぎてやしないか」
 普段はセレスティンを子供のようにあしらっているが、目ざとく様子に気づいている。
「ええ しっかりしているようで、やっぱり若いのね。興味を持つと、そちらにどんどん走っていってしまう。
 扉を少し開いて、足を踏み入れることは覚えた。でもそろそろ、必要な時には扉を閉じることも学ばなくてわね。
 そのために意志の力というものについて、きちんと知る必要があるわ」
 そう言ってマリーはテロンの顔を見た。
 彼女の意図を察したテロンはため息をついた。
「……俺かよ。他にいないのか」
「いないのはわかっているでしょう。あなたもルシアスも、彼女を他の人間の手に任せたくはないでしょうし、ルシアスは選択外」
「関係が近すぎるからだな」
「ええ」
 テロンがコーヒーを啜りながら、何かを考える表情を見せる。マリーはもう一押しした。
「あの娘[こ]の目にはもう、限られた物質の領域よりも広い世界が映っている。今になって狭い場所に閉じこめ直すことはできないわ。あなたも、あの娘の性格はわかってるでしょう。
 それに……『道は本人に選ばせろ』と言ったのは、あなたですもの」
 その通りだ。
 そしてルシアスを道に引きずり戻したのは自分で、セレスティンがその後を追ってくることを――「まったく予想していなかった」と言えば嘘だ。
 道に足を踏み入れたセレスティンが、馬鹿げたやり方で足を踏み外さない程度の手助けは、してやらざるを得まい。
「やり方は俺が選ぶぞ」
マリーは微笑んだ。
「もちろん」

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