そんなに時間をかけずにClip Studio Paintで描ける、「マンガ風に寄せつつラフな感じ」ということで、こんな感じに。

 ペンや筆を一々調整し、何枚ものレイヤーを移動しながらする作画作業が、とくに意識せずに進められるようになってきた。それでも時々、間違って違うレイヤーにペンを入れたり色をぬっちゃったりするが、後から気づいても力技で修正する方法とかもおぼわってきたので、あまり神経を尖らせずに作業できるようになってきた。

 3Dデッサン人形もありがたい。というか、3Dデッサン人形をいじっていると、性格構造論的な意味で、改めて人間の感情と外的な姿勢の対応を考える。「背骨は感情の背骨でもあるんだよな」とか。

 以下は「独立州クロニクル」から。

更新が滞っていますが、背後での活動や執筆は進行中。

仕事も忙しいのですが、創作の時間では実は「アルス・マギカ」より先に書いていたSFの方を書き進めています。

そのため「アルス・マギカ」についてはちょっと横に置く形になっていますが、SFの方のラフをだいたい書き終わったら、「錬金術師の庭」を終わりまで載せます。

Clip Studio Paintもぽちぽちですが学びつつ、挿し絵のスタイルを模索しています。仕事の傍らの作業のため、どうしても時間に限りがあるので、完璧主義を手放して、きっちりした絵ではなくマンガ風に寄せつつラフな感じで、というところに落ちてきています。

SF作品の方は、これをできる限り速やかに形にすることが念願だったので、その意味では執筆時間中は充実した時間を過ごしているのですが、なにぶん長い…。

 

 Clip Art Studioの使い方を修業中。

 とりあえず水彩鉛筆で描いたものを下絵にとりこんで、そこからいろいろ試している。

 現代的なイラスト風にはしたいけど、アニメのようなベタ塗りやエアブラシ風の塗りにはしたくない…ということで、何ができるかを学びながら試行錯誤中。

 キャラクターの作画スタイルが落ち着いたら、次は背景の描き方を身につけないといけないので、先は長い…。


 

 サイトのデザインを新しいものに差し替え、メニューもろもろに手を入れました。

 現在、旧サイトから小説のテキストを移動し、とくにモバイル向けの読みやすさを考慮しながら、デザインを整える作業中です。

 メニューやプラグインをつなげ直しているので、リンクなど全部できていないところもありますが、じきに整います。

 次の小章はあらかた書き終わっているので、近く追加します。

 挿し絵などもこれから。

 

 小説は専用サイトにまとめ、創作関係の雑記などをこちらに分けるつもりでしたが、いろいろあって、最終的に小説本文もへ移して、一つのブログにまとめることにしました。

 小説本文はトップメニューの「小説目次」→「アルスマギカ 目次」からアクセスできます。

セレスティン 鉛筆で下書き

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 何年も前に物語を書きとり終わって、そのままずっと手の中で温めていた小説をきちんと文章にして、オンライン小説の形で公開することにした。

 仕事が忙しくて、本当にやりたいのに、ずっと放りっぱなしになっているものが幾つもあり、創作活動として「書く」ということはその一つ。絵を描くというのがもう一つ。

 いろいろ思うことがあって、生活を整理して無駄を省き、そのための時間を作ることにした。

 今でも支えになっているのは、北米先住部族(ネイティブアメリカン)の師父グランドファーザー・ウルフ・ストームとそのパートナー、ホワイト・スワンといっしょに時間を過ごした経験。

 二人が保持するエネルギーの器の中で時間を過ごしながら、「書く」という作業のプロセスについて、そして「書く」ことを通して次の世代に伝えることの重要さについて、改めて思い出した。

 グランドファーザーから命じられたことは幾つかあるのだが、その一つは、「若い女性を集めて訓練する」ということだった。

「このまま男どもの手に力を握らせておいては、世界の状況は惨くなるばかりだ。女性たちが知恵を身につけ、力を取り戻さなければいけない」。

 今の私の仕事では、30代の女性は「若い女性」である。しかし、それよりさらに若い世代との接点は、どう築いていったらいいのか。

 それだけが小説の公開を決めた理由ではないが、確実に理由の一つではある。

 今の仕事の枠組みでは手の届かないところへも、言葉を通してエネルギーを伝え始めること。

 魔術とアルケミー(精神的錬金術)についての講義の中で、ロザリン・ブリエール師はこう言われた「魔術の本質について学ぶには、小説を読みなさい」。

 それはディオン・フォーチュンが「出版されている魔術の手引書に載っているのは、盗まれた知識と誤った理解だけ。書き手は本当の魔術について何も知らない」と述べていることとも関係している。

 フォーチュンの後継者で、英国リベラル・カトリック教会の司祭でもあったW・E・バトラー師のような例外中の例外を除いて、これは事実だ。

「真理はむしろ物語の中にある」

ロザリン・L・ブリエール

 もちろん、実践することを学ぶなら、物語を通して本質について吸収した後、実際に師とともに時間を過ごし、技術的なことを学びつつ、師のオーラフィールド(ヒューマンエネルギーフィールド)から情報を吸収するという過程が必要になる。

 他方、フォーチュンやバトラー師が指摘するように、魔術(実際には神聖術と呼ばれるべきもの)の道を歩くには、徹底的に自己と向かい合う「容赦のなさ」が必要だ。

 大部分の人は、この「容赦のなさ」を性向として持ち合わせていないか、そんな生き方をすることを望んでいない。

 「Path of Hearth Fire(竈(かまど)の火の道)」は、そういった人たちのためにもある。

 そしてもちろん、竈の火の道にあって、家庭を保ち、子供たちを育て、道を歩く者を支えてくれる人々がいなければ、すべては成り立たない。

 何はともあれ、久しぶりに戻ってみれば、創作活動として文章を書くのは、やはり純粋に楽しい。